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菊池寛の“幻の作品”怪奇小説「妖妻記」の原稿見つかる…「夕刊大阪新聞」で掲載

7/13(木) 15:21配信

産経新聞

 ■「面白いつもり」添え書き

 作家、菊池寛(1888~1948年)が、昭和6年ごろに「夕刊大阪新聞」(産経新聞の前身の日本工業新聞の僚紙)で連載していた怪奇小説「妖妻記(ようさいき)」の直筆原稿が見つかり、高松市が13日、発表した。菊池は時代小説などを多く手がけたが、怪奇小説は極めてめずらしく、専門家は「これまで知られていなかった幻の作品で画期的な発見」としている。

 原稿は64枚分で新聞連載18回分。菊池の出身地である高松市の菊池寛記念館が平成23年、東京都の古書店から挿絵17枚とともに約45万円で購入した。

 「夕刊大阪新聞社」と書かれた封筒が添えられており、専門家らとともに調査したところ、日本新聞博物館(横浜市)に昭和6年10月26日の紙面が残され、第12回が掲載されていたのが見つかった。

 当時の菊池はすでに「恩讐(おんしゅう)の彼方に」や「真珠夫人」などを発表し、女性読者を対象とする作品で大衆小説家としての評価を確立していた。一方で男性読者も取り込めるジャンルの開拓が念頭にあったとみられる。

 夕刊大阪新聞での発表については、創業者である前田久吉と菊池の共通の知人だった直木三十五(さんじゅうご)の紹介で連載が決まったらしい。同紙では直木のほか、武者小路実篤、谷崎潤一郎なども作品を掲載していた。

 原稿の添え書きには「大衆文芸と少し違ってゐるかも知れない。歴史小説でもなく、チヤンバラものでもない、怪奇談です。面白いつもりです」と書かれており、自身の新境地を開こうとする意気込みが感じられる。

 挿絵は白井喬二(きょうじ)の「新撰組」(サンデー毎日掲載)などを担うなど、当時、関西で人気だった日本画家の金森観陽(かんよう)の作品。繊細な筆致で不気味な小説の世界観を表している。

 菊池の怪奇小説と呼ばれる作品は、これまで見つかっておらず、妖妻記も全集などに収録されていない。また、菊池自身が紹介する文献や当時の書評なども全く見つかっていないという。

 菊池寛研究の第一人者の青山学院大文学部の片山宏行教授は「人間的興味が創作動機の中心にある菊池にとって、本来の傾向からあまりにも離れており、書き続けられるものではないと理解し、従来の長編連載と歴史小説へシフトしていった」と分析した上で「菊池寛の文学史を補完する画期的な発見」としている。

 直筆原稿は、14日から記念館で公開される。

 ■妖妻記

 「妖妻記」は、江戸時代末期の群馬県・武尊(ほたか)山麓が舞台。他の男と密会した妻を殺して逃亡し、子供3人と暮らしていた猟師である男が、灰白色のオオカミを追い、逢魔が沢という所で見失うが、そこで若くて美しい娘と出会い再婚する。だが、継母となった娘は子供3人を邪険に扱い、兄、妹が次々とオオカミに殺される。妹の遺体を掘り起こしている継母を猟師が鉄砲で撃つと、そこには灰白色のオオカミが横たわっていた-という物語。

最終更新:7/13(木) 15:37
産経新聞