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劉暁波氏が死去 中国の民主化訴え、獄中でノーベル賞

7/13(木) 22:26配信

朝日新聞デジタル

 中国の民主化を訴えて投獄されたまま、ノーベル平和賞を受賞した著名な人権活動家で作家の劉暁波(リウシアオポー)氏(61)が13日、入院先の病院で死去した。遼寧省瀋陽市の司法局が発表した。今年6月に末期の肝臓がんと判明。刑務所外の病院で治療を受けていた。

 劉氏は北京師範大講師だった1989年、全国の学生らが北京の天安門広場で民主化を求める運動を始めると、研究のため滞在していた米国から戻ってデモに加わり、ハンストを指揮。軍による介入と弾圧の危険が高まると、友人3人と軍幹部との交渉に臨み、学生らを広場から撤退させた。軍が学生らに発砲した天安門事件の犠牲を減らした「四君子」とも称されたが、事件後は反革命罪で1年7カ月投獄された。

 出所後も国内にとどまって事件の犠牲者の名誉回復や民主化を求める運動に関わり、当局に繰り返し拘束されながら、政府や党の批判を続けた。

 北京五輪が開かれた2008年、中国共産党の一党独裁の放棄や言論の自由などをインターネット上で呼びかける「08憲章」の起草者の中心となった。多くの賛同署名が集まったが、中国当局は劉氏を国家政権転覆扇動容疑で逮捕。10年2月に懲役11年の実刑判決が確定し、遼寧省錦州の刑務所に収容された。

 同年10月、ノルウェーのノーベル賞委員会は劉氏を「20年以上にわたり、中国で基本的人権の適用を唱え、人権を求める幅広い闘いの最大の象徴になった」と評価して平和賞の授与を決定。服役中の劉氏は授賞式に出席できなかったが、怨恨(えんこん)や暴力を乗り越えながら民主化を目指そうとする劉氏の「私には敵はいない」という言葉が読み上げられた。

 これに対し、中国政府は「内政干渉だ」として激しく反発。ノルウェーとの外交問題にも発展したが、劉氏の受賞は中国の人権状況に対し、改めて世界の注目を集める役割を果たした。

 今年5月末、服役していた刑務所で腹部に異常が見つかり、当局は6月になって末期の肝臓がんであることを公表。劉氏は妻の劉霞(リウシア)氏(56)らとともに出国し、ドイツか米国で治療することを希望していた。今月8日に診察した独米の医師は「安全な移送は可能」としていたが、中国当局が出国を許可しなかった。

 今年秋に共産党の最高指導部が替わる党大会を控えるなか、世界的な知名度を持ち、党や政府に批判的な劉氏を海外に出せば、再び批判を始めることを恐れたとの見方もある。

 当局に拘束されながらノーベル平和賞を受けた人が自由を奪われたまま死去するのは、ナチス・ドイツに立ち向かい1938年に死亡したドイツの平和運動家、カール・オシエツキー氏以来。(北京=延与光貞)

朝日新聞社