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<特選アーカイブ>アフガニスタン~「ザルミーナ」公開処刑された女性を追って(8)タリバン支持の村に暮らす次女 写真3枚【玉本英子】

7/13(木) 6:20配信

アジアプレス・ネットワーク

◆次女の村へ

1987年に設立されたアジアプレスは今年で30周年。7月22日~29日まで東京にて記念イベントが行なわれます。その一環で「ザルミーナ」(2004・監督:玉本英子)を上映します。それにあわせ、過去に取材・発表した記事を特選アーカイブとして掲載します。(イベントにつきましては下欄をご覧ください)

【関連写真を見る】地方の州では米軍を始めとした国際部隊がタリバン掃討作戦を続けていた

(※2003年初出のアーカイブ記事。情報等は当時のまま)
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ザルミーナの長女の村からいったん街に出て一泊したあと、こんどは次女が暮らすガズニ州へむかう。
私たちは現地の治安状況を把握するため、まず州庁舎に出向いた。
州の治安は我々が完全に掌握していると、軍の司令官は力を誇示する。
司令官は北部同盟の地方部隊を率いていた人物で、タリバン政権崩壊後、「官軍の将」としてガズニに入った。
司令官の意向で、道案内もかねて4人の治安部隊兵士が私たちに同行することになった。
広大な平地や険しいいくつもの山を越え、次女の村をめざした。

がたがた道は石ころだらけで、周囲には未処理の地雷がまだ埋まっているという。
兵士たちは、この一帯は暫定政府の力がおよんでおらず、タリバン残党やアルカイダ兵がかくまわれている可能性があると教えてくれた。

かつてタリバンを支持していた村に次女は暮らしていた。村には電柱も店もなく、外部世界から隔絶された空間のようだった。
小道を歩く男たちは長いあごひげをたくわえ、頭にはターバンを巻いている。

典型的なパシュトゥン人の村だ。
次女バシーラ(18)が暮らす家は、切り立った山のふもとにあった。

長く高い土塀に囲まれた家は、長女ナジバの家よりも大きい。
ここに一族の数世帯が共同で入っている。

次女の家族は、私たちが立ち入ることを拒み、次女と直接会うことはできなかった。
叔父とパシュトゥン語の話せる女性の通訳だけが家へ入ることを許された。

私たち、そして兵士たちは家から離れた場所に車を停め、しばらく待つことにした。
通訳によると家族たちは、よそ者がなぜ村に来たのか、早く帰れと、つめよってきた。

次女は、その家の第二夫人として嫁いでいた。
自分が死刑になった女の娘ということを夫に隠しており、両親のことは忘れたい、と語ったという。

通訳は母のことはそれ以上話さず、叔父のもとにいる弟妹たちは元気にしているよ、と告げると涙を流したということだった。
二人の娘の結婚を決めたのは叔父だった。

叔父はそれぞれの結婚相手の家族から十数万円の大金を手にしていた。

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