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「日本の福祉政策は限界」 日社大の神野直彦・新学長に聞く

7/13(木) 12:01配信

福祉新聞

 厚生労働省の社会保障審議会年金部会長などを歴任した神野直彦氏が今年度から、日本社会事業大学の学長に就任した。抱負を尋ねるとともに、これからの福祉政策について在るべき方向性を聞いた。
 
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――神野学長は総務省の地方財政審議会長も務めるなど財政学の専門家です。日社大の学長に就任されて、印象はいかがですか。

 日社大は1946年の創立以来、「悲しみ」を「幸せ」に変えることを使命に、政府の委託を受ける形で、指導的な社会福祉人材の養成を担ってきました。学長として大学が持つ歴史的な責任を果たしたいと思います。教員、学生ともに使命感を持った人が多いと感動しています。

――財政学の観点から、日本の社会福祉政策は限界だという主張もされていますね。

 第2次世界大戦後の日本は、公的扶助を取り込みつつ、社会保険を軸として所得再分配を行いました。つまり男性が労働市場で働き、女性は家庭を守る。失業や病気などで男性が働けなくなる時のリスクを保険で支え、最後に生活保護で支えるというモデルです。

 ただ、1973年の石油ショックが象徴するように、重化学工業による高度成長は行き詰まっています。基軸的な産業構造は、サービス業や知識集約型へとシフトしているのです。

 すると、労働市場には女性の労働力も求められ、家庭がうまく機能しなくなる。家事や育児、高齢者のケアなどの担い手がいなくなり、現金を給付するだけの政策では成り立たなくなるのです。

――次の時代はどんなモデルが考えられますか。

 イギリス・ブレア政権のブレーンで、「第三の道」を著したアンソニー・ギデンズが、「社会投資国家」を提唱しています。これは所得再分配を含む社会保険国家から、社会サービス国家への転換に通じると思います。

 このままでは労働市場が、無償労働から完全に解放される人と、無償労働に足を引っ張られる人に分かれてしまいます。正規従業員と非正規従業員と言い換えてもいい。

 賃金は二重構造となり、格差は拡大したままです。不況の際の新卒者は非正規労働から抜け出せなくなるでしょう。そのため、政府は労働市場に参加する時の条件をサービス給付で保障する必要があるのです。

――現在、社会保険や公的扶助の財政支出は現金給付です。具体的には何をサービス給付とすべきと考えますか。

 それは国民が決めることです。とはいえ、主として女性が無償労働で担ってきた育児や高齢者ケアは、もっと社会全体で担わなければ成り立たなくなるでしょうね。

 特に社会投資としての教育は重要になってくると考えています。かつて重工業の時代は道路やエネルギー網に投資しましたが、これからの社会インフラはヒトになるわけですから。つまり、いつでも再訓練・再教育できるよう、学び直せる環境の整備が喫緊の課題なのです。

 例えば、現在ITのプログラマーが持つ技術は数年後は役に立たないかもしれない。これから今まで以上のスピードで産業が高度化するので、いつでも再訓練できるシステムをつくらないといけません。

 人間的な能力が経済を発展させるという前提に立てば、能力を高める条件整備こそがこれからのインフラの前提条件になり、セーフティーネットにもつながると思っています。

――産業構造の変化はさまざまな問題を我々に突きつけますね。1971年のニクソンショック以降、資本が国境を越えて移動を始めた時がターニングポイントだったのかもしれません。

 資本のグローバル化はコミュニティーの破壊を招きました。動き回れない土地や労働者と違って、資本は賃金の安い地域へと動く。これまで税金を払っていた富裕層の資産も税金の安い海外へ移る。こうして国家の再分配機能が弱くなり、地域の文化や絆などあらゆるものが壊れました。

 だから今、世界中の人はコミュニティー崩壊への恐怖感を抱いています。人とのつながりが弱くなったからこそ、暴力的な手段を使ってでも伝統的な共同体を取り戻そうとする。アメリカのトランプ大統領の登場や、イスラム国の誕生、イギリスのEU脱退だって本質的には同じです。

――改めて、日社大が目指す今後の方向性を教えてください。

 産業構造が変化する中、ますますソーシャルワーカー(SW)は社会に必要とされると思います。現金・現物含めたさまざまなサービスをうまく組織して、一人ひとりに提供する。失われつつある共同体の調整者という役割も大きい。

 そのため日社大としては、親の所得に関係なく指導的な研究者やSWを養成することが重要だと考えています。今後も国立大学なみの授業料は維持します。

 また、巨大災害が起きた時に活躍できるSWも養成しようと思っています。独自事業として、自治体と連携してモデル事業を展開する予定です。

 「分かち合い」としての社会福祉をテーマに、福祉人材の養成という大学の天命をしっかり果たしていきたいと思っています。

【じんの・なおひこ】1946年生まれ。埼玉県出身。東京大学卒業。92年同大教授、2003~05年同大経済学部長。08~16年に地方財政審議会長を務めた。専門は財政学、地方財政。

最終更新:7/13(木) 12:01
福祉新聞