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菊池寛「妖妻記」の直筆原稿発見 高松市発表、14日から公開

7/13(木) 16:40配信

山陽新聞デジタル

 高松市出身の文豪、菊池寛(1888~1948年)が昭和初期に新聞連載した後、存在が埋もれていた小説「妖妻記」の直筆原稿が見つかったと、市が13日発表した。「真珠夫人」など大衆小説で人気を集めた菊池が手掛けた中では、極めて珍しい奇談物。新分野の開拓を意識した実験的作品に位置付けられ、菊池文学の歴史をたどる上で貴重な作品という。

 1931年に「夕刊大阪新聞」で全18回発表した、400字詰め原稿用紙64枚分。旅先で出会った古老の少年期の体験を聞き書きしたとの設定。猟師の父に嫁いだ継母と生活する中で兄と妹は獣に食い殺され、妹の遺体を掘り起こす継母を父が射殺すると、正体はオオカミだった―などと話を運んでいる。

 当初の題「妖妻奇談」と記された原稿は、菊池の伸びやかな筆致が目を引き、推敲の跡も随所に残る。明治時代から昭和初期に活躍した日本画家の金森観陽による挿絵17枚が付き、作品に緊迫感を与えている。

 菊池の全集に未収録の妖妻記の名前を、東京の書店の古書目録で見つけた市が筆跡を基に真贋(しんがん)を見極めた上で2011年に購入。日本文学の研究者に調査を依頼し、日本新聞博物館(横浜市)で第12回掲載の紙面を確認した。書店が原稿を入手した経緯は不明。

 菊池寛研究に取り組んでいる片山宏行・青山学院大教授(日本文学)は「『真珠夫人』で成功した菊池は、新機軸を打ち立てるべく妖妻記に取り組んだのだろう」と創作意図を分析。その上で「奇談物は当時、作家泉鏡花の独壇場で、人間自身に関心を抱く菊池の創作傾向と大きくかけ離れていることもあり、その後作品が生まれなかったのではないか」とみている。

 直筆原稿と挿絵は14日から、高松市昭和町の菊池寛記念館(087―861―4502)で公開される。