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2ライヴ・クルーのアジア系メンバー、フレッシュ・キッド・アイスが亡くなる

7/14(金) 23:10配信

bmr.jp

2ライヴ・クルーのアジア系メンバー、フレッシュ・キッド・アイスが亡くなる

2ライヴ・クルーのアジア系メンバー、フレッシュ・キッド・アイスが亡くなる

主に80年代後半から90年代前半にかけて、“Me So Horny”といったヒットを放ちマイアミ・ベースを世に広めた2ライヴ・クルーのオリジナル・メンバーとして知られるフレッシュ・キッド・アイスが13日に亡くなったことが発表された。53歳だった。

チャイナマンの別名も持つフレッシュ・キッド・アイスは、1964年生まれ、トリニダード・トバゴ共和国出身。祖父が広東人という彼は本名をクリストファー・ウォン・ウォンと言い、アメリカで人気を得た初めてのアジア系の血筋を引くラッパーでもある。1977年、12歳の時にブルックリンに移住し、その後、アメリカ空軍を経て、1984年にDJミスター・ミックスらと共に2ライヴ・クルーを結成した。

2010年代に入ってフレッシュ・キッド・アイスとブラザー・マーキスのデュオとして再始動した2ライヴ・クルーは、『Turn Me On』という新作を準備し、2014年には“Take It Off”という新曲もリリースされたが、アルバムは一向に発売されないまま、ミスター・ミックスの再加入と共にフレッシュ・キッド・アイスは脱退。自身のレーベルであるChinaman Recordsを復活させ、地元のインディペンデント・アーティストを中心としたコンピレーション『Breaking Glass Ceilings, Vol. 1』を今年1月にリリースするなど活動を続けていた。また、2015年には自叙伝『My Rise 2 Fame』も発表している。

フレッシュ・キッド・アイスの死は、米ゴシップ・サイトのTMZが報じ、2ライヴ・クルーのメンバーだったアンクル・ルークことルーサー・キャンベルが追悼コメントをTwitterで発表。その後2ライヴ・クルーのマネージャーが訃報を認めた。また、米音楽メディアのVIBEではブラザー・マーキスに取材しており、「長きにわたる友人で、ラップ・レジェンドであるフレッシュ・キッド・アイス・ザ・チャイナマンが亡くなったと連絡を受けた」と同じく訃報を認めている。死の理由については詳細が明かされていないが、2008年や2010年に発作を起こして倒れるなどフレッシュ・キッド・アイスは健康上の問題を抱えており、最期もマイアミの病院で息を引き取ったのだという。DJキャレドら多くのアーティストがこの訃報に追悼のコメントを寄せている。

2ライヴ・クルーは、「マイアミ・ベース」と呼ばれる、リズムマシンから生まれたエレクロニックなパーティ・サウンドと、ストレートな性描写のセクシャルな歌詞のラップ、喘ぎ声のサンプリングなどが話題を呼び、最大のヒットとなった“Me So Horny”を収録した1989年作『As Nasty As They Wanna Be』などで一世を風靡。しかし知名度が全国区になったことで、歌詞が卑猥だとしてフロリダ州でこの『As Nasty As They Wanna Be』の販売が規制されたり、未成年に販売したことで店員が逮捕されるなどの逆風も吹き、「表現の自由」にまつわる論争を巻き起こしたことでも知られる。

フレッシュ・キッド・アイスは2ライヴ・クルーの全てのアルバムに参加している唯一のメンバーだった。また、1992年には『The Chinaman』でソロ・デビューを果たし、2004年には4作目『Freaky Chinese』を発表するなどソロ・ラッパーとしても活躍していた。

最終更新:7/14(金) 23:10
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