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混乱・強権、中東どこへ アラブの春から6年半

7/14(金) 7:55配信

産経新聞

 イラク北部モスルの支配地域を追われたことで、イスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)の衰えが鮮明になりつつある。中東世界を席巻した政変「アラブの春」から6年半。ISの台頭から学ぶべき教訓は何か。そして、中東世界はどこへ向かおうとしているのか。(カイロ 佐藤貴生)

 「シーア派の政権からスンニ派の住民を守る」。今月3日、モスル西部の取材に同行したイラク連邦警察のフセインさん(28)らによると、ISはこう語って住民らに取り入った後、態度を豹変(ひょうへん)させ恐怖による支配に転じた。

 よく似たやり方で住民を懐柔したのが、アフガニスタンのイスラム原理主義勢力タリバンだ。

 2011年11月。タリバン敗走後の首都カブールで、記者(佐藤)は再び訪れた自由を喜ぶ住民の姿を目にした。切るのを禁じられてきたひげをそろうと理髪店に列をなす男性や、着用を強制された「ブルカ」を脱いで歩く女性の笑顔が見られた。

 タリバンもイスラムの教えに反するとして、アフガン中部バーミヤンの大仏像を破壊した。最盛時には全土の9割を支配した。

 曲がりなりにも「領土」を持つほどの勢力になるには、他の国家の支援が欠かせない。タリバンは隣国パキスタンが支援し、ISに関してはサウジアラビアやカタールなどの資金が流れたとの観測が出ている。

 周辺国が国益のままに内政に干渉し、「ゲーム」の如く対立をあおり立てる姿勢を反省しない限り、テロ組織が強大化する可能性は決して消えないだろう。

 「アラブの春」は、残念ながら中東世界に民主化をもたらしたとは言い難い。

 「アラブの春」のあおりを受けたシリアのアサド政権は反体制運動の火の粉を払いきれず、泥沼の内戦に突入。シリアはそこに付け入ったISなどの武装勢力の温床と化した。

 イラクは直接、影響を受けたとはいえないが、ISがなお跋扈(ばっこ)している上にシーア派とスンニ派、少数民族クルド人が三つどもえの駆け引きを展開してきた。「もはや国家の体をなしていない。分裂状態だ」(在トルコの元新聞記者)という見方さえ聞く。

 その他の国々では「アラブの春」は政権が強権化する契機となった。トルコのエルドアン大統領は国民投票で広範な権力を手に入れ、反体制派の大量検挙とメディア統制が続く。エジプトでは、イスラム勢力「ムスリム同胞団」を母体とする政権を、クーデターで葬り去った軍出身の大統領が仕切り、メディアや反体制派ににらみを利かせる。サウジではサルマン国王が強硬な外交姿勢で知られる息子を皇太子に昇格させ、父から子への権力委譲の道筋が整った。

 「過激なイスラム勢力やテロ組織の警戒のため」などという名目では説明できないほどの逸脱ぶりも目につく。中東世界の今後を読み解くキーワードは「強権化」と「混乱の再来」なのではないか、とさえ思う。

最終更新:7/14(金) 8:40
産経新聞