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[書評]中国がTHAAD配備の撤回を要求する理由

7/14(金) 8:30配信

ハンギョレ新聞

 少なくとも唐帝国以降、統合された中原中心の中華体制が新羅による三国統一後の朝鮮半島を全面的に侵略してきたことはなかった。朝鮮半島を侵略したのは、「中国」と通称される統合された中華体制ではなく、匈奴、契丹(遼)、モンゴル(元)、女真(後金=清)など、中原北方の辺境ノマド(遊牧民)だった。機動力に優れた辺境のノマドは定住農耕文化地帯である中原を侵犯すると同時に、あるいはその前後に、もう一つの定住農耕文化が定着した隣の朝鮮半島にも乗り込んできた。

 言うならば、高麗・朝鮮など、朝鮮半島の諸国に対する北方の大規模な侵攻は、ほとんど例外なく中華体制が崩壊したり、動揺し(または逆にノマドの興隆によって中華体制が動揺し)、辺境のノマドが押し入ってきた際に起きた。そのノマドも、ひとまず中央を抑え、中華体制を再建した後には、朝鮮半島を侵略しなかった。多くの韓国人たちがよく口にする「数えきれないほど行われた中国による朝鮮半島への侵略」は実在しなかった。その侵略者を「中国」と通称するのは間違いだ。 それは近代以来の「海洋勢力」及び彼らと手を組んだ私たちの内部勢力によって作られた“神話”であり、誤った「記憶の政治」かもしれない。

 2009年に出版されたイ・サムソンの『東アジアの戦争と平和』(ハンギル社刊)の内容だ。それなら、アヘン戦争後、中原を蹂躙した西欧列強は新しい辺境海洋ノマドだったのだろうか。彼らは、中華体制の辺境である日本と共に、または日本を表に立たせて中原に入り込み、その際に朝鮮半島も踏みにじった。16世紀末の豊臣秀吉による中原進出の試み(壬辰倭乱=文禄・慶長の役)は、東アジア国際体制としての中華体制の主軸の一つだった朝鮮と明の連合軍による反撃で失敗した。中国にとって朝鮮半島の健在は中華体制維持の必須要件(脣亡歯寒)であり、直接支配するよりも、朝貢体制を通じて独立朝鮮を包摂した方が費用面でもはるかに効果的だった。

 日本の野望はそれから300年後、西欧列強との連携を通じてほぼ実現したかのように見えたが、中国の抵抗と日本の中原独占に反対した米国との争いにより、再び挫折させられた。

 「日露戦争は植民地支配下にあった多くのアジア・アフリカ人たちに勇気を与えた」とした安倍晋三首相の「戦後70年談話」は、その歴史認識のレベルと自民族中心の国家主義・民族主義の浅薄さ・低劣さにおいて、まさに記念碑的だった。そのような認識を共有してきた日本の主流保守右派勢力にとって、日露戦争直後の統監府の設置と共に事実上の植民地支配下に入った朝鮮の人々が余儀なくされた悲惨な状況と凌辱は関心の外だった。日本軍慰安婦問題がこれまで解決しない根本原因も、そこにある。

 戦後日本戦犯者らに免罪符を与え、日本を冷戦の橋頭堡として育成した米国が、冷戦崩壊後「アジア回帰」(Pivot to Asia)を掲げて、日米同盟を強化したことで、朝鮮半島の分断線は再び新興中国と米国が激突する東アジア新冷戦体制の最前線になって行く。韓国と日本に「慰安婦」問題の合意と軍事情報の共有など、軍事協力を圧迫しながら、中国に向き合う平沢(ピョンテク)に大規模な米軍基地を作り、済州道に海軍基地を建設した理由が、そこにあったのだろうか。パク・キハクの『トランプ時代、防衛分担金を正しく知る』(ハンウルアカデミー刊)はその断面を暴いている。

 THAAD配備を自国の核心利益に反する重大事態と見なし、韓国に執拗に撤回を要求する中国は、日米同盟を再び中原を狙う21世紀の海洋ノマドと捉えているのだろうか。それなら、習近平は近代、海洋ノマドに中国と共に徹底的に踏みにじられた韓国に対し、選択を迫っているのかもしれない。21世紀ノマドと新たな中華体制のうち一つを選びなさいと。

 ソウル大学日本研究所の『桎梏の韓日関係、いかに解決するか』(J&C)にはこれと関連した豊富な情報と考えるべき問題が盛り込まれているが、このような歴史的考察は抜けている。

ハン・スンドン先任記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

最終更新:7/14(金) 14:50
ハンギョレ新聞