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社説[DNA鑑定集団申請]遺族の願いに応えよ

7/14(金) 7:30配信

沖縄タイムス

 沖縄戦の犠牲となった遺骨の身元特定を願い、遺族135人が国にDNA鑑定を申請した。国はその責任において希望者全員の鑑定を実施すべきだ。

 戦没遺骨の収集については昨年、2024年度までに遺骨収集を進める「戦没者遺骨収集推進法」が施行された。だが、遺骨の身元特定に関しては依然、消極的な姿勢が目に付く。

 これまで国は、DNA鑑定対象とする遺骨を「歯」や「個体性があるもの」に限定してきた。その結果、03年からのDNA鑑定で身元が判明した遺骨1080人のほとんどが、戦没地が明らかな軍人に限られる。

 今年3月に国は「那覇市真嘉比や西原町幸地など県内4カ所で見つかった戦没遺骨75人分を、全国301遺族との間でDNA鑑定したが身元特定に至らなかった」と発表した。しかし、照合した遺族に沖縄の住民は含まれていなかった。

 同月には、それまで歯だけだった鑑定対象遺骨を「四肢骨」まで広げるとしたが、対応はあまりにも後手に回っているというほかない。米国や韓国ではすでに、骨の他の部位からもDNAを抽出し鑑定している。

 戦後72年が経過し、遺骨の劣化は進むばかりだ。遺族の高齢化と相まって身元照合は、今後どれだけ科学が発達しても困難になるだろう。そうした技術的な課題を考慮すれば、鑑定対象の門戸は広めこそすれ狭めるべきではない。

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 本部町では、沖縄戦に動員された朝鮮出身者の遺骨の存在がこのほど分かった。沖縄戦では軍作業などに多くの朝鮮半島出身者が動員されたが、正確な人数さえも分かっていない。こうした外国籍の人の身元特定も、当然のこととして国が担うべきである。

 沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」の具志堅隆松代表は、沖縄戦の特徴を「誰が、どこで死んだか分からないこと」と指摘する。

 戦禍の中、住民は散り散りに逃げ惑った。本島南部から北部へ、北部から南部へと長距離を移動した者も多い。防衛隊は、日本軍が組織的戦闘を放棄した後もゲリラ戦を強いられた。

 そうした戦場の混乱を鑑みれば、戦没地を限定した遺族の募集で、遺骨の身元特定が進まないのは言わずと知れたことだ。国は、遺骨の部位や対象となる遺族を限定することなく、DNA鑑定を実施すべきである。

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 今年の慰霊の日、糸満市の「魂魄の塔」で喜入光子さんに出会った。20歳で犠牲となった兄・棚原金正さんの写真を胸に携えていた。兄が亡くなった場所を知らず、遺骨もないという。戦没者慰霊のため県内で初めて建立されたこの塔で毎年手を合わせるのが、戦後、家族にとっての唯一の忌日となった。

 戦後72年たった今も「兄はどこにいるのか」とさめざめと泣く喜入さん。遺族の悲しみを目の当たりにした時、長年、戦没者の遺骨収集や身元特定を放置してきた国家の責任の重さを知る。

最終更新:7/14(金) 7:30
沖縄タイムス