ここから本文です

ラーメン史の定説変わっても水戸藩ラーメン影響なし

7/14(金) 9:58配信

日刊スポーツ

 ラーメン史を塗り替える新たな資料が見つかり、新横浜ラーメン博物館(横浜市港北区)で14日からパネル展示される。定説より約200年さかのぼる室町時代としており、博物館は「歴史を書き換える大発見だ」としている。博物館によると、これまでは江戸時代の僧侶の日記を根拠に、水戸藩主の徳川光圀が1697年(元禄10)に食べたのが最も古い記録とされていた。

 水戸光圀が食べたラーメンは、水戸市の料理人が1993年(平5)3月に再現。「水戸藩ラーメン」として市内4店舗、市外2店舗の計6店舗で提供されている。明国の儒者「朱舜水(シュシュンスイ)」が伝えたレンコンを練り込んだ麺、上湯などに使う金華ハムとして知られる「火腿(フォトェイ)」をだしに、らっきょう、ニンニク、ニラ、ネギ、ショウガの5つの薬味を添えたスープが特徴だ。麺を製造する川崎製麺所の川崎一男社長(66)は「食べた人として黄門さまの名前が出てくることに変わりはなく、水戸藩ラーメンに影響はない」と話した。

 ◆徳川光圀(とくがわ・みつくに)常陸水戸藩の第2代藩主で「水戸黄門」としても有名。水戸藩初代藩主の徳川頼房の三男で、徳川家康の孫に当たる。儒学を奨励し、「大日本史」の製作や寺社改革などを行った。1700年(元禄13)12月に73歳で死去。

最終更新:7/14(金) 10:12
日刊スポーツ