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<パンダ>赤ちゃん誕生のウラにある中国の国際戦略

7/15(土) 9:30配信

毎日新聞

 東京・上野動物園で誕生したパンダの赤ちゃん。だがその愛らしい背中には複雑な国際情勢と中国の戦略がのしかかる。ジャーナリストの中川美帆さんと週刊エコノミスト編集部が解き明かす。【週刊エコノミスト編集部】

 ◇赤ちゃんは借り物、2年後に「返還」

 東京の上野動物園で6月12日、ジャイアントパンダの赤ちゃん1頭が生まれた。パンダが上野で生まれて育つのは、1988年6月に生まれたユウユウ以来、29年ぶりだ。

 しかし今回は、これまで上野動物園で起きたパンダブームとは少し様子が違う。

 72年、日本に初めて来たカンカンとランラン、86年に生まれたトントン、88年に生まれたユウユウが公開された時、大人も子供もパンダの可愛らしさに魅了され、手放しで歓迎した。だが今回は、パンダの背後にいる中国の影が強く意識され、インターネット上には「パンダはいらない!」という声があふれているのだ。

 この背景には、パンダの所有権と費用の変化がある。日中国交正常化のシンボルだったカンカンとランランをはじめ、歴代の上野動物園のパンダたち(交換などで来た2頭を除く)は中国からのプレゼント、つまり無償で、所有権も日本にあり、中国に返す義務はなかった。

 一方、11年2月に来日し、今回生まれた赤ちゃんの両親のリーリーとシンシンは、上野動物園史上、初めてレンタル料を支払って中国から借りているパンダだ。

 上野動物園を管理する東京都と、中国野生動物保護協会は共同でパンダの繁殖研究に取り組む協定を結んでいて、そのためにパンダを借りるという形だ。借りる期間は10年で、研究への支援金(いわゆるレンタル料)は、2頭合わせて年95万ドル(約1億円)。都が税金で支払っている。

 赤ちゃんが生まれても追加の費用はかからないが、日本で生まれたパンダも中国に所有権があり、生後2年を超えたら中国に返すことが都と中国側との協定で決まっている。2年の期間は延びる可能性もあるが、長期の延長は期待できない。

 ◇一帯一路もパンダが後押し

 「パンダで暴利をむさぼる、したたかな中国」とのイメージが拡大しているが、実は中国がパンダを贈呈から貸与に切り替えたのは、お金が目当てではない。84年にワシントン条約のパンダの分類先が規制の厳しいリストへと移り、国際取引が禁じられたのがきっかけだ。

 その後、繁殖研究が目的なら期限付きでパンダを貸借できることになった。外国生まれのパンダを3歳くらいで中国に返すのも繁殖が目的で、米国やタイ、スペインなどで生まれたパンダも中国に渡っている。四川省の複数の保護研究施設には数十頭のパンダがいるので、血のつながりが薄い相手と出会いやすい。

 パンダが贈呈から貸与に変わっても、受け入れを切望する国は多い。パンダがいれば国民が喜ぶ上、動物園の入場者数が飛躍的に増えるなど経済効果も見込めるためだ。中国は、これを巧みに利用している。

 経済大国の中国にとって、外国から得るレンタル料は、大した金額ではない。それでもパンダを貸すのは、パンダの愛らしさによって、中国に対する良いイメージを相手国に与えたり、パンダと引き換えに他の条件を交渉したりするためだろう。いわゆる「パンダ外交」だ。

 13年3月に就任した中国の習近平国家主席は、特に熱心にパンダ外交を展開し、欧州とアジアで貸出先を急増させている。習主席が提唱する現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」と歩調を合わせ、国際戦略上、重要な地域にパンダを送り出している面もある。

 ◇日中のシャトル外交につながるか

 日本と中国の関係には、パンダはどのような影響をもたらすのだろうか。

 パンダ外交に詳しい東京医科歯科大学教養部の家永真幸准教授は「パンダの誕生そのものが日中関係を良くしたり、悪くしたりすることはない」としつつも、菅義偉官房長官や中国の外務省報道官がパンダ誕生に好意的なコメントを寄せたことには「“関係改善のシグナル”の意味はある」と推察する。

 71年の「ピンポン外交」では、表面上は対立を続けていた米中両国が電撃和解に向かうに当たり、まずは中国政府が米国の卓球チームを中国に招待する形で「関係改善の意思がある」というシグナルを発した。それを当時の米ニクソン政権が適切に読み取り、その後の米中交渉が大きく進展した。中国は翌72年に早速、パンダを米国へプレゼントしている。

 家永准教授は、「このような微妙なシグナルを発する必要があるのは、双方の政府が“対米・対中弱腰”を国内で批判されるのを避けながら、水面下で着実に交渉を進める必要があったためだ」と指摘。「日中の政府は今後しばらく、このような微妙な好意のメッセージを小出しにしながら、国内世論の反応を見つつ、国際情勢も加味しながら、日中の首脳が定期的に往来する『シャトル外交』の実現といった関係改善を模索するのではないか」と見る。

 政治・経済活動への利用、繁殖など、さまざまな思惑が渦巻くなかで生まれてきたパンダの赤ちゃん。どこまで「期待」にこたえるか。

(週刊エコノミスト7月18日号から)

最終更新:7/15(土) 9:30
毎日新聞