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人柄で客癒やし半世紀、たこ八「お母さん」逝く 静岡おでん・青葉横丁の最古参

7/15(土) 17:51配信

@S[アットエス] by 静岡新聞SBS

 静岡市葵区で半世紀以上静岡おでんを提供し続けてきた「『たこ八』のお母さん」こと山村竹世さんが先月下旬、85歳で亡くなった。黒々としただしに漬かった静岡おでんと、山村さんの温かい人柄に引かれて店を訪れていたファンからは惜しむ声が出ている。

 「たこ八は心のよりどころだった。行き場を失った」―。多いときには週に4回通っていた杉本朋裕さん(52)はしみじみと話す。壁に貼られた米国の女優オードリー・ヘプバーンのポスターが店の“シンボル”だった。10人入ればいっぱいの店は立ったまま飲む客が出ることも。「お母さんの前では、社会的立場に関係なく和気あいあいできた」と悼んだ。

 約20年前からは常連客が集まって忘年会を開き、山村さんを招待していたという。

 川嶋靖司さん(64)は「店ではよく話し掛けてくれるお母さんが忘年会ではいつもあまりしゃべらず、『うれしいねえ』とただにこにこ笑っていた姿が印象的だった」と振り返る。春にはタケノコなど季節ごとのおでんも提供してくれた。イワシの天ぷらにもファンは多かったという。

 戦後、旧満州(現中国東北部)から引き揚げたという山村さん。「静岡おでんの会」顧問の大石正則さん(68)によると、戦後に青葉通りで屋台形式のおでん屋を開いた6人のうちの1人という。屋台のおでん屋はその後、全て横丁に入ったもののたこ八は唯一、当時から代替わりしていない店だった。

 今は同じ「青葉横丁」に入り、戦後から続く「三河屋」の2代目木口元夫さん(73)は「しゃきしゃきしていて感じのいいおばあちゃんだった。屋台時代のことを知っているおでん屋はもういないのでは」と惜しんだ。

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 現在たこ八は閉店しているものの、出入り口の扉には、山村さんの写真と「自分のことは自分で考えるだに。自分の人生なんだ」とのメッセージが貼られている。

静岡新聞社