ここから本文です

台湾に魅せられた日本人女性の20年 「台湾萬歳」は土地の持つ包容力に迫るドキュメンタリー

7/15(土) 10:18配信

産経新聞

【映画深層】

 およそ20年前、初めて訪れた台湾での出会いが、駆け出しの新聞記者を映画作りの道へと導いた。以来、台湾に魅せられ続けているドキュメンタリー作家、酒井充子(あつこ)監督(47)の最新作「台湾萬歳(ばんざい)」(7月22日公開)は、台湾という土地そのものに宿る豊かさや包容力に触れた意欲作だ。取材や撮影を含め、すでに50回は台湾を訪れているという酒井監督だが、「でも私なんかはまだまだ台湾のことを知らなくて。と思うくらい、台湾は広くて深いです」と打ち明ける。

■日本伝来の突きん棒漁でカジキ捕り

 「台湾萬歳」は、日本語世代の今を見つめた「台湾人生」(2009年)、台湾の人々の日本人性を追った「台湾アイデンティティー」(13年)に続く台湾3部作の3作目に当たる。前2作がインタビュー中心だったのに対し、新作では台湾の原風景が色濃く残る南東部の台東縣(たいとうけん)に腰を据え、昔ながらの生活を続ける3組の家族に密着する形でカメラを回した。

 「前2作で時代に翻弄された人たちを撮影して感じたのは、彼らが振り返る人生ってすごくすがすがしいんです。何でこんなに明るいのか。どうしてこんなにしなやかにいられるのか。その大本は、台湾の豊かな自然や風土にあるのではと考えた。いろんな時代があったが、台湾の持つ豊かさがすべてを包み込んでしまう。その包容力がどこから来るのか探す作業が、今回の映画作りだったと思います」と酒井監督は言う。

 作品に登場する家族は、元カジキ漁師の張旺仔さん(85)一家、原住民族のアミ族の漁師、オヤウさん(69)夫婦、山の民である原住民族、ブヌン族の通称・カトゥさん(41)らの3組だ。日本統治時代に子供時代を過ごした張さんは、日本語で陽気に語り、刺し身を振る舞う。オヤウさんがカジキを捕る漁法は船首からモリを突いて捕獲する突きん棒漁で、かつて日本人がこの地に持ち込んだものだ。

 一方、大陸から来た老兵の歌を作るなど、シンガー・ソングライターとしても活動する教師のカトゥさんは、仲間とともに深夜の狩りに出かけ、シカの仲間であるキョンを仕留める。大地と祖先に深い感謝をささげながらキョンをさばくカトゥさんたちの姿を、カメラはつぶさにとらえる。

■原動力はふがいなさ

 「一晩歩いても何にも捕れないことがあるといわれていたが、正味3時間で下山できた。本当に映画の神様はいると思います」と話す酒井監督は、そのときカトゥさんたちに、何かコツがあるのかと聞いた。答えは「昨日、いい夢を見たからね」だった。

 「本当にすてきだなってしみじみ思いました。キョンをさばくシーンなど、怖いと思われる方もいるかもしれませんが、彼らにとってはごく自然で神聖な行為なんです。それを強く感じたので、きちんと伝えなきゃと思いました」

 今でこそ台湾にどっぷりとはまっている酒井監督だが、1998年に初めて訪れるまでは、それほど興味があったわけではない。山口県の出身で、慶応大学を卒業後、メーカー勤務を経て北海道新聞の記者になるが、志望はスポーツ記者だった。映画は大学のころからよく見にいってはいたものの、台湾の「悲情城市」(侯孝賢(ホウ・シャオシェン)監督、89年)など「すごい映画なんだけど、よく分からない」というのが正直な感想だった。

 台湾を旅したのは、蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督の「愛情萬歳」(94年)に感銘を受けたのがきっかけだ。旅行中、「悲情城市」の舞台になっている九●(=にんべんに分)でバスを待っているとき、おじいさんに日本語で声をかけられる。「お世話になった日本人の先生に会いたい」と言われ、日本統治下時代のことなど、台湾について何も知らないことに気づかされた。

 「最初は怒りでした。台湾のことを知らなかった自分に対しての怒りと、学校でほとんど何も教えてもらっていない社会に対する怒りもあった。ふがいないという気持ちが、原動力になっていったと思います」

■3部作結実だけど終わらない

 後先を考えず、「台湾の映画を撮ります」と宣言して新聞社を退職。当初は、台湾のおじいさんと日本人の青年が出会うといった劇映画を考えていたが、取材のために台湾に通ううち、このままドキュメンタリーで作ったほうがいいと思うようになっていった。

 「でも自分が監督をするとは思ってもいなかった。何か企画者のような形で携わることができたらと考えていたんですが、甘いですよね、ホントに」

 こうして2002年から撮り始めた台湾の映像は、15年を経て3部作として実を結んだが、酒井監督の中では決して終わったわけではない。知れば知るほど知らないということが分かってくるのが台湾だという。

 「台湾って、人が本当にあったかいんですよ。その親切さというのは、外国からのお客さんだからという感じではない。持って生まれたものというか、台湾の人がみなさん備えているような気がする。それを知りたいとずっと思っていたものが今回、ほんのちょっとでもスクリーンに現れていたらいいなと思いますね」

■一歩先の台湾を感じてほしい

 酒井監督によると、2009年に1作目の「台湾人生」が公開されたころと比べて、日本人の台湾への関心は格段に高まっているという。それは2011年の東日本大震災で、台湾からたくさんの義援金が寄せられたことが引き金になったという実感がある。

 女性誌でも台湾特集が次々と組まれていて、酒井監督にとってはうれしい限りだが、食べ物がおいしいとか、人が優しいといったところの一歩先の台湾をぜひ感じてもらいたい。

 「私は1本の映画をきっかけに台湾に行ったわけですし、最初は食べ物がおいしいというのでもいい。それだけで終わってしまうのはつまらないけど、きっかけは何でもいいと思うんです。この映画をきっかけにしていただけたら、これ以上、光栄なことはありません」と笑顔を見せた。(文化部 藤井克郎)



 「台湾萬歳」は、7月22日から東京・ポレポレ東中野、8月19日から札幌・シアターキノ、名古屋シネマテーク、福岡・KBCシネマなど全国順次公開。

最終更新:7/15(土) 10:18
産経新聞