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“落サラ”から世界的なミラー企業へ 認識差を埋めるコミー創業者「なぜ?」の精神

7/15(土) 11:00配信

AbemaTIMES

 日常、街中と身近にある鏡。この鏡に注目し業界トップを突き進むのが、創業50周年を迎えるコミー株式会社だ。創業者は小宮山栄(77)。

 コミーの代表的な商品は、飛行機の手荷物入れに取り付けられている小型ミラー。今や100社以上のエアラインに採用され、累計出荷枚数は40万枚以上にのぼる。また、コンビニの防犯用ミラーやT字路・L字路などに設置して見通しを良くするミラーなど、コミーの鏡は街の様々な場所で使われている。主な製品だけでも50品番以上あり、「鏡」だけで勝負する老舗企業だ。

 いかにして鏡と出会い、大きく飛躍していったのか。鏡とは縁遠いところから始まった小宮山の社会人人生にAbemaTVは迫った。

“落サラ”をきっかけに起業へ

 小宮山は1940年長野県生まれ。信州大学を卒業後、技術者として大手ベアリングメーカーに就職するも、周囲と上手にコミュニケーションが取れず、3年半で退社する。これについて小宮山は、「記憶力と理解力がなかった。近くのラーメン店の方がストレスが無さそうな顔をしていて、肉体労働の方がいいような気がした」と明かす。そこからは、自分に向いている仕事を探して職を転々とする生活が始まった。当時の状況を、「脱サラなんてかっこいいもんじゃないです。サラリーマンから落ちた。“落サラ”です」と表現する。

 色んな人のカバン持ちをしたり、百科事典のセールスマンとして訪問販売を行ったり、塗装業で働くなど、向いている仕事を探し続けた小宮山。ある時、ペンキ店で「文字書きの方が向いてるんじゃないか」と言われたという。そこで、「シャッターに文字を書けば飯が食えるんじゃないか」と方向転換し字を練習、27歳の頃に小諸文字宣伝社(翌年コミー工芸に社名変更)を設立した。

 社長とはいえ、従業員はゼロだ。日々、1人でオートバイに荷物を積んで客先のブザーを押して回るが、百科事典の訪問販売で身に着けた“厚かましさ”がそこで活きた。一方で、忙しくシャッターに文字を書きながら、ベアリングメーカー時代の友人の知恵を借り「回転看板」の制作を始めるようになる。回転看板は喫茶店の店頭などに設置される回転する看板だ。そこから次第に、回転装置だけを作るようになっていった。

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最終更新:7/15(土) 11:00
AbemaTIMES