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葦名氏時代の寺院跡か?加工石材など発見 鶴ケ城付近の区画溝

7/15(土) 11:17配信

福島民友新聞

 会津若松市の鶴ケ城北側に位置する同市東栄町の発掘現場で、江戸時代初期までに埋められた区画溝から、五輪塔などの多数の加工石材、周辺から人骨を伴う土抗墓3基が見つかった。市教委は、中世に会津を治めた葦名氏時代の寺院跡ではないかとみている。
 鶴ケ城(旧黒川城)の城下は、戦国時代から江戸時代初期に蒲生氏などが大規模に改修しているため、葦名氏時代の状況はほとんど分かっていない。
 発掘では、幅や深さが約2メートルの区画溝から五輪塔4基分と宝篋(ほうきょう)印塔1基分の石材の一部が出土。このうち一つは墨書で梵字が書かれていた。土抗墓のうち2基は、疫病などで亡くなった人を埋葬する時、鍋を頭にかぶせる「鍋被り」と呼ばれる特殊な方法だった。
 これまでの調査で鶴ケ城周辺では、江戸時代初期以前の寺院跡の遺構や遺物が複数場所から見つかっている。

福島民友新聞

最終更新:7/15(土) 11:17
福島民友新聞