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社説[劉暁波氏死去]中国の責任は免れない

7/15(土) 9:10配信

沖縄タイムス

 2010年、服役中にノーベル平和賞を受賞した中国の民主活動家、劉暁波氏が肝臓がんによる多臓器不全のため遼寧省瀋陽市の病院で死去した。61歳だった。同市司法当局が明らかにした。

 劉氏は今年5月に末期がんと診断され、刑務所から病院に移された。ドイツか米国での治療を望んだが、中国政府は認めなかった。

 中国のかたくなな姿勢がこのような結末を招いたとすれば、その責任は重い。

 欧米諸国や国際人権団体の批判に対し、中国外務省は内政問題だとして「外国は不適切な意見を述べる立場にない」と反論している。もっと早くがんを発見できなかったのか。全身に転移するまでなぜ公表しなかったのか。中国政府は内政干渉と批判する前に国際社会に向けて説明責任を果たすべきである。

 劉氏にノーベル平和賞を授与したノルウェーのノーベル賞委員会は「早すぎる死の責任は中国政府にある」と指摘した。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(本部ニューヨーク)も「人権や民主主義の平和的な擁護者に対して中国政府がいかに無慈悲かがあらわになった」と非難した。

 劉氏死去後、中国政府は海外のメディアが伝える情報をシャットアウトしている。中国当局は抗議行動を警戒して支援者らを一斉に軟禁下に置きはじめた。

 民主化の動きを一方的に上から押さえ付けるだけでは、国内のひずみは大きくなるばかりである。

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 劉氏は中国の民主化運動の象徴だった。リーダーの多くが国外に逃れる中、投獄されながら国内にとどまった。

 1989年に北京の天安門広場で民主化運動が広がると、研究先の米国から帰国、ハンガーストライキに加わり、指揮を執った。北京オリンピックが開催された2008年、共産党の一党独裁体制の廃止と三権分立、言論・宗教・結社の自由などを訴えた「〇八憲章」を中心となって起草。インターネット上で公表し、作家や人権活動家ら1万人以上の署名を集めた。

 国家政権転覆扇動罪で懲役11年の実刑判決を受けたが、獄中でノーベル平和賞を受賞。「中国での基本的人権の確立のため長年にわたり非暴力の闘いを続けてきた」が理由だった。劉氏不在の授賞式で「中国で文字獄(言論弾圧)の最後の被害者となることを期待する」と代読された。中国政府は死去するまで出国させなかったが、民主化の取り組みの希望の象徴だった。

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 習近平指導部になってから民主化は悪化の一途だ。

 南シナ海の軍事拠点化を進めている中国がフィリピンに訴えられた問題で、国連海洋法条約に基づく仲裁裁判所は中国の主張を全面的に退けた。だが中国は判決を「紙くず」と切り捨てている。

 15年には国家安全法を施行し、人権派弁護士ら約300人を一斉連行するなど弾圧を強めている。「社会主義制度の破壊を狙う敵対勢力」と位置付けているからだ。

 国際社会の信頼は遠くなるばかりである。

最終更新:7/15(土) 9:10
沖縄タイムス