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大川栄策、演歌生命懸けたさざんかの宿

7/16(日) 10:02配信

スポーツ報知

 日本の名曲の魅力に迫る「にHo!んの歌」。第7回は、歌手・大川栄策(68)の大ヒット曲「さざんかの宿」(作詞・吉岡治、作曲・市川昭介)。82年に発売し、160万枚を突破。翌年のNHK紅白歌合戦に初出場を果たした。同曲をカラオケの十八番とするプロ野球・巨人の長嶋茂雄終身名誉監督(81)とのデュエットなど、来年50周年を迎える歌手人生を変えた名曲の逸話、思いを聞いた。(星野 浩司)

 デビュー13年目、33歳の時だった。カバー曲が多く、オリジナルのヒット曲に恵まれなかった大川は、美空ひばりさんの「真赤な太陽」などの作詞でヒットを飛ばしていた吉岡氏を訪ねた。

 「吉岡先生と市川先生のコンビで作った都はるみさんの『みちのく風の宿』(81年)が、女性を幸せにできないけど思い続ける男心を歌う曲で心を揺さぶられたんです。昭和56年の12月。初めて会った吉岡先生は、僕の歌を前から聴いてくれてたようで『君に会いたかった。喜んで書くよ』と快諾してくれました」

 高卒後に内弟子として師事した作曲家・古賀政男さんが78年に死去。その後は都、五木ひろしら多くの門下生がいる市川氏に作曲を委ねた。「さざんか―」もそのひとつだった。

 「川崎市の市川先生の自宅に行くと、『最高の作品ができた』と玄関先で出迎えてくれました」

 レッスンを始める前、市川氏から活を入れられた。

 「オリジナルのヒット曲がなかったけど、身に余るほどの印税を手にしてた僕に『20代は安穏とした生活をしてた。男になれ! 命を懸けて歌いなさい』と説教してくれた。僕の歌手人生の先を見据えてくれた一言に、この壁は必ず越えてやると思いました」

 男女の切ない不倫の恋を描いた曲だった。

 「情熱的なメロディーで、すさまじいスケール感を感じました。歌い出しの『♪くもりガラスを手で拭いて あなた明日が見えますか』。不景気で先の見えない時代を超えて道ならぬ愛を求める男女の思いがにじみ出てて、ひっくり返るくらい感動した。『♪愛しても愛しても あゝ他人(ひと)の妻』の歌詞は、自分の境遇を嘆くように歌うのが難しかった」

 発売2か月前。神奈川県民ホールで行われたラジオの公開録音で、ファンの前で初歌唱した。

 「一生忘れられません。歌い終わった瞬間、今までと天と地の差があるほどの大歓声があがった。横浜の海から大波が押し寄せてくるような感じ。歌はお客さんとのキャッチボールなんだと改めて実感しました」

 82年8月に発売。オリコンランキングは最高2位。79週連続100位入りというロングヒットとなり、160万枚を超えた。

 「バックオーダーが1日1000枚、1万、3万枚と、とてつもない反応がきた。コンピューターが狂ってるんじゃないかと言ってました。半年で100万枚ですよ。年末、フジテレビの『夜のヒットスタジオ』に初登場した時、五木さんがリハーサル後に握手を求めてきて『いい作品に恵まれたね。俺、やられたよ。この曲歌いたかった』と。すごく自信になりました」

 83年に日本レコード大賞ロングセラー賞に輝き、紅白歌合戦に初出場した。

 「レコ大の後に移動したので紅白のオープニングに出られなかったけど、気持ち良く歌えました。夢にまで見た紅白の舞台だったけど、当時は生放送番組の連続だったので緊張は全くなかった。古賀先生が生きているうちに出て、歌声を聴いてほしかったですね」

 「さざんか―」は、巨人の長嶋茂雄終身名誉監督がカラオケの十八番としている。大川は、巨人が日本一に輝いた94年の祝勝会で長嶋さんと初対面し、デュエットが実現した。

 「長嶋さんが『いつも歌うんだよ~』と声をかけてくれて、おめでとうございますという思いを込めて一生懸命歌いました。ほぼ僕が歌って、長嶋さんは口ずさむ程度だったけど、ミスターはとにかく甲高い声なんで会場中に響いてました。最初で最後のデュエットです。大ファンだったので何にも代えがたい経験です」

 ミスターとは浅からぬ“縁”を感じている。

 「長嶋さんがプロになった58年にデビューした村田英雄さんの「無法松の一生」を聴いて感動して、僕はプロ歌手を目指したんです。地元の福岡でまわりは西鉄ファンばかりの中で、僕は子供の頃から巨人ファン。歌手になるため東京に憧れてたから、その象徴みたいな存在だったのが巨人であり、長嶋さんでした」

 大川は来年、デビュー50周年を迎える。

 「年はとったけど、トレーニングを重ねて昔より高いキーが出ます。『さざんか―』は僕の人生を変えてくれた曲。この作品に出会えなかったら今の自分はない。声が続く限り歌いたい。まだまだ進化しますよ。80歳くらいまでは歌いたいね」

 ◆大川 栄策(おおかわ・えいさく)本名・荒巻逸造。1948年10月30日、福岡・大川市出身。68歳。佐賀商高を卒業後に上京し、作曲家・古賀政男氏に弟子入り。69年「目ン無い千鳥」でデビュー。芸名は出身地と当時の佐藤栄作首相に由来。82年「さざんかの宿」が大ヒット。翌年レコード大賞ロングセラー賞を受賞し、NHK紅白歌合戦に初出場(通算4回)。今年6月、法務省の矯正支援官に就任した。特技はタンスかつぎ。

最終更新:7/16(日) 10:02
スポーツ報知