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<九州豪雨>30年連れ添った妻、どこへ 最後の伝言、心に

7/16(日) 22:11配信

毎日新聞

 九州北部豪雨では、豪雨当日に福岡県朝倉市にいたとみられるうきは市の1人を含め、今も朝倉市の10人の安否が分かっていない。16日の集中捜索でも新たな発見には至らず、愛する家族の帰りを待つ人たちの焦燥も深まる。ようやく自宅に戻れるようになった地区もあるが、古里の再興は容易ではない。

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 「雨が降りよるけ、車に避難したほうがいいかな」。朝倉市杷木松末(はきますえ)の建築業、田中耕起さん(53)の携帯電話に、自宅にいた妻加奈恵さん(63)から着信があったのは5日午後1時半ごろだった。一緒に住む娘と田中さんの母親は外出中で、田中さんは自宅から約2キロ下流の杷木星丸にある仕事場の事務所にいた。

 「車が流された」「橋が流れた」「石垣が崩れた」。加奈恵さんからの15回ほどの電話の内容は刻一刻と深刻さを増していった。田中さんが助けに行こうにも事務所前の道路も土砂であふれ、身動きがとれなくなっていた。「まさかこげんなるとは思っちょらんかった」。電話口で不安な声で話す加奈恵さんに「深呼吸ばせんか」と何度も伝えた。

 午後6時24分、田中さん宛てのメッセージが吹き込まれた留守電を最後に連絡が途切れた。田中さんはその後、近所の家にも電話をかけたがつながらなかった。

 朝倉市では10人の安否が分かっていないが、そのうち7人が山あいに小さな集落が点在する松末地区の住民だ。田中さん宅がある中村集落と松末小学校などがある地区の中心を結ぶ川沿いの道路は寸断され、集落には何度も川を渡って徒歩で行くしかない。災害後、田中さんは捜索の状況を少しでも知るため避難所に行かず、自衛隊や警察、マスコミなどが通る県道近くの事務所で生活している。

 田中さんは14日、自衛隊のヘリコプターに同乗し、初めて自宅に戻った。16世帯37人が暮らしていた集落は、高台にある一部の家以外すべて流され、住み慣れたわが家があった場所も土砂に覆われていた。「これなら帰りが遅くなるはずだ」と思った。

 加奈恵さんとは時に夫婦げんかもしたが、おおらかな性格で「喜怒哀楽の家庭」だった。「まるで空気のように当たり前の存在すぎて、いないだけで苦しい」。16日の集中捜索でも加奈恵さんは見つからなかった。

 留守電に残された妻からの最後のメッセージは、30年以上連れ添った田中さんへの思いだったという。内容を記者が尋ねると「心の中だけにとどめておきたい」と話した。【高嶋将之】

最終更新:7/16(日) 23:58
毎日新聞