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山口の男性 祖先判明し宇検村へ墓参

7/16(日) 11:29配信

南海日日新聞

 鹿児島県奄美大島宇検(うけん)村名柄(ながら)集落の鼎(かなえ)家が自身のルーツだと分かった男性が14日、祖先の墓を訪れて里帰りを報告した。金江安浩さん(82)=山口県熊毛郡平生町。ルーツの調査と墓参には村教育委員会が協力した。長年の思いがかなった金江さんは「写真でしか知らない祖父へ直接手を合わせることができた。村の人たちへの感謝は言い尽くせない」と声を詰まらせた。

 鼎家は唐通事(江戸時代の中国語通訳)を務めていた家系で、金江さんの祖父の鼎宮昌禧さん(1854~1931年)は村の前身・宇検方の3代目戸長(現在の村長)を務めた人物。金江さんの父の文朝さんは金江さんが幼いころ亡くなったため、金江さんは生まれについてほとんど情報がなかった。

 長年、行き詰まっていた調査を進展させたのは金江さんの娘の郁子さん(56)。インターネットで鼎家について調べると、瀬戸内(せとうち)町教委で郷土歴史を研究する鼎丈太郎さん(41)の研究資料が検索結果に挙がった。丈太郎さんと連絡を取ると両家は遠縁と判明。その後、名柄集落に宮昌禧さんの眠る墓が現存することも分かった。

 金江さんは親族と共に7人でこの日、名柄集落の共同納骨堂そばの山中にある旧集落墓地を訪れ、花や線香を墓前に供えて先祖を供養した後、集落内にある鼎家の屋敷跡を見学した。郁子さんは「丈太郎さんの協力があってこそ、父の願いをかなえられた」と感謝し、「ご先祖さまにはまた会いに来ますと伝えました」と感慨を込めて話した。

 丈太郎さんは「人の縁の不思議さと、私自身のルーツや歴史の深さを再確認できる貴重な体験になった」と振り返り、金江さん一行を案内した名柄集落区長の屋宮哲二さん(72)は「鼎家の屋敷はよく覚えている。金江さんとご先祖の対面に協力できて、こちらもうれしい限り」と笑顔を見せた。

奄美の南海日日新聞

最終更新:7/16(日) 11:29
南海日日新聞