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[コラム]原発はあまりにも重要なので専門家だけに任せるわけにはいかない

7/16(日) 6:03配信

ハンギョレ新聞

 ソウル龍山(ヨンサン)の国防部正門前に立って眺めれば、左側の門柱には「国防部」と書かれ、右側の門柱には「合同参謀本部」と書かれている。2001年春、国防部出入り記者になった時、国防部と合同参謀本部(合同参謀)が組織として何が違うのか把握するのにしばらく時間がかかった。国防部と合同参謀には、今も同様だが現役佐官級将校と将軍が多数勤めていた。同じ現役将校なのに国防部勤務者は背広、合同参謀の勤務者は軍服を着て勤務した。毎週水曜日午後の戦闘体育時間に合同参謀勤務者は運動をするのに、国防部勤務者は事務室勤務を続けていた。

 なぜこのような違いが生じるのだろうか。それは、合同参謀は軍部隊であり国防部は政府組織法による政府省庁だからだ。しかし多くの人が国防部を軍部隊と勘違いしている。現実を見ればそれも当然だ。数十年間士官学校出身の予備役将軍が国防長官を務めてきたし、国防部の高位公務員団に属する局長級以上の16の職位の相当数を現役または予備役の将軍が務めている。

 なぜ合同参謀の上に煩わしくも国防部を置くのか。文民統制のためだ。国家安保は選出された政治権力(大統領)と文民官僚(国防部)が主導し、安保専門家集団である軍(合同参謀)は軍事作戦でこれを裏付ける。文民統制は民主主義国家の常識だ。第1次世界大戦当時フランスの首相ジョルジュ・クレマンソーは「戦争はあまりにも重要なので、将軍に任せることができない」と文民統制の重要性を強調したことがある。

 民主主義が後退した李明博(イ・ミョンバク)・朴槿惠(パク・クネ)政権では文民統制の原則も揺らいだ。一部の安保政策決定権者は、民間人がむやみに軍の問題に介入すれば戦闘力が弱まり結果的に敵を利すると考えた。彼らは、軍は特殊な専門組織であり軍事作戦の核心事項は聖域だから、一般的な国政運営システムから国防分野は自由であり得ると思った。「薬は薬剤師に、診療は医者に、戦争は軍人に」任せるべきだという主張だ。北朝鮮の核に備えるという軍事的目的と軍事保安を理由に慶尚北道星州(ソンジュ)の住民に対する説得の努力と環境影響評価のような手続きをまともに経なかったTHAAD(高高度防衛ミサイル)問題は、こうした発想から持ち上がったものと私は考える。

 今月5日、国内外60の大学の原子力やエネルギー関連学科の教授417人が文在寅(ムン・ジェイン)政権の脱原発政策を拙速だと批判する声明を出した。彼らは新古里(シンコリ)5・6号機の建設中断と関連して「非専門家であり今後の責任も負うことのできない少数の陪審員団の前で3カ月という短期間だけ(公論化作業を)進行して決定を下すということ」を問題視した。声明を読んでみると「エネルギーは科学の領域」という前提の下に「非専門家にエネルギー政策が振り回されている」という問題意識が強く感じられた。「当該専門家の意見も傾聴せよ」という彼らの主張は説得力がある。しかし原発を工学や科学技術の問題としてのみ過度に狭く見ているという気がした。原発産業と政府委員会に参加した一部の専門家は、その閉鎖的言動でもって「核マフィア」という批判も受けている。

 エネルギー使用の主体は韓国社会の全構成員である。関連学科の教授のような専門家や原発の利害関係者に限られない地域住民を含めた全構成員が、エネルギー選択権を持つことができなければならない。原発は工学技術の問題であるだけでなく地域と倫理の問題でもある。国内の原発が釜山(プサン)・蔚山(ウルサン)・慶州(キョンジュ)など特定地域に密集している上に、使用済み核燃料の後始末の負担を未来世代に押し付けている。政治権力が政策を決定し軍がこれを裏付ける文民統制方式が、エネルギー政策にも必要だと私は考える。戦争があまりにも重要で将軍たちに任せておけないように、原発もあまりにも重要で専門家だけに任せるわけにはいかないからだ。

クォン・ヒョクチョル地域エディター(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

最終更新:7/16(日) 6:03
ハンギョレ新聞