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「受賞はゴールじゃない」/国際バレエ1位 大川さん

7/16(日) 11:46配信

Web東奥

 青森市出身の大川航矢さん(25)が、世界3大バレエコンクールの一つであるモスクワ国際バレエコンクールの男性シニア部門デュエットで1位に輝いてから約1カ月。一時帰国を18日に控え、大川さんが東奥日報紙の電話取材に応じた。「世界で活躍するバレエダンサーになりたい」との夢を抱き、15歳で単身ロシアに渡ってから10年余り。最難関のコンクールで快挙を成し遂げたが、「受賞はあくまで通過点」と冷静だ。「技巧面だけでなく物語を語れるような踊りをしたい。だからゴールはありません」。夢は続く。
 モスクワ国際バレエコンクールは4年に1度開かれ、ジュニア、シニア、振り付けの3部門がある。今年は世界約30カ国から約160人が参加した。
 同コンクールに大川さんが出場するのは2009年にジュニア部門で3位に入賞して以来、2回目。瞬発力が高く、空中での体勢がきれいだと評されるジャンプに加え、けれん味のない丁寧な踊りが審査員から高く評価された。
 「出場の年齢制限が26歳なので、実質、今回が最後のチャンスだった。結果を出せてうれしい」。日本人がシニア部門で1位になるのは24年ぶりだ。
 しかし、結果に対する本人の評価は厳しい。「決勝に悔いが残っている。回転が正確に決まらずぶれてしまった」。コンクール後、すぐに所属先のタタール国立歌劇場(ロシア中部カザニ)に戻り、練習を再開した。
 「コンクールはほかの出場者と比べて優劣を決める。けれど私にとって重要なことは舞台でいかに表現できるか。コンクールは一つの通過点」
 2歳からバレエを始めた。練習嫌いを変えたのは、世紀のプリマ・バレリーナと言われたニーナ・アナニアシヴィリ。小学生の頃、演技を映像で見て「人はここまで美しく踊れるのか。バレエを極めたい」と思い定めた。
 抜群の身体能力を武器に、ダンサーとしての才能をめきめき伸ばしていった。青森西中2年のとき、精鋭が集まる超難関、モスクワ国立舞踊アカデミー(通称・ボリショイ・バレエ学校)への留学を決意する。
 その思いを、通っていたアカネバレエ教室(弘前、青森市)の恩師桜庭茜根さんに伝えると、桜庭さんはこう迫った。「あなたは踊り手として背が高い方ではない。世界で生き抜くには苦労が目に見えている。分かった上で行くのか」
 「はい」-。気持ちが揺らぐことはなかった。
 11年に卒業後、ウクライナ南部のオデッサ国立劇場に所属。13年にはプリンシパル(バレエ団のトップ階級)に昇格した。だが14年にウクライナ危機の混乱で就労ビザが下りず、タタール国立歌劇場へ移籍する。「仲間にも恵まれていたので本当は移りたくなかった」
 だが、このことが大川さんを成長させる。王子から村人までさまざまな役柄を演じる機会が増えたことで演技に幅が出た。
 最終選考の踊りが終わった時、カーテンコールが鳴りやまなかった。審査員の一人で、ボリショイ・バレエ学校時代の校長に「今が体力的にも最高。ロシアの踊りをきちんと身に付けてくれてうれしかった」とねぎらわれた。
 「メダルや賞状よりロシアの人たちに踊りを認めてもらえたことが最上の喜び」と大川さん。今後の目標を尋ねると「もっとバレエがうまくなりたい、それだけです」ときっぱり。即答だった。

東奥日報社

最終更新:7/16(日) 11:46
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