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なぜ買いたい服がないのか なぜアパレルが死ぬのか?

7/17(月) 19:10配信

朝日新聞デジタル

【上間常正 @モード】

 「誰がアパレルを殺すのか」(杉原淳一、染原睦美著、日経BP社)という本がよく売れているようだ。いま教鞭を取っている文化学園大学の書籍売り場でも平積みになっていて、買っていく学生の姿もよく見かける。ファッション系の学校とはいえ、そんなことはとても珍しいのだ。日ごろはあまり本を読まない最近の学生たちの間でも口コミで読んでみる気にさせるような、今のファッションへのアクチュアルな問いかけが詰まっているからだろう。

 この本は、週刊誌「日経ビジネス」(去年10月3日号)の24ページの特集記事「買いたい服がない」を大幅に加筆・修正したもの。記事はかなり反響が大きかったようで、この号の増し刷りが本と並んで今でも売り場に置かれている。深刻なアパレル不況がいわれる中で、その事態を招いた業界で古くから続く非効率な慣習や市場への対応の遅れなどの問題点を的確に描いている。

 その一方で業界の“破壊者“とも呼ばれ、これまでとは全く異なる手法で着々と業績を伸ばしている新興企業の取り組みも紹介している。インターネットを利用した通信販売や中古品セールス、服のシェアリングや日常着の借り着といった新しい発想をファッションの世界にも大胆に持ち込んでいるのが特徴のようだ。

 特集記事がビジネス誌のファッション記事としては異例の反響を呼んだのは、秀逸なタイトルが示しているように、消費者の視点からも裏打ちされているからだ。不況とはいえモノはあふれている、ワードローブには服がいっぱいあるのに着たい服がない、店に行っても買いたい服がない。服を着る・買う側の消費者としての思いと、その底に潜むアパレル側とも共通している問題点が浮かんでくるように思える。

 なぜ買いたい服がないのか? 国内のアパレルの売り上げは1990年代の始めの約15兆円から現在は約10兆円と3分の2に減っているのに、出回る商品の数は2倍になっている。多くのアパレル企業が商品の製造拠点を中国などに移したり人件費を減らしたりしたほか、コスト削減効果を生む大量生産化を進めた。その商品を百貨店やショッピングセンターなどに大量供給して売り上げの低下を何とかしのごうとしたからだ。

 そんな場当たり的な対策は、商品の技術力や企画力の低下を招いた。その結果、世界でもトップレベルの技術を持つ国内の産地や職人は置き去りにされ、店に並ぶのはどれも似たようなデザインの魅力に乏しい商品になってしまった。業績不振のためアパレル業者の倒産や経営統合、また閉店する百貨店や専門店なども増えている。そんな現状をこの本は、豊富な現場取材をもとに具体的に説き明かす。では消費者の側の事情はどうなのだろうか。

 本では明示されていないが、読んでいるとその事情が浮かんでくる。買いたい服がどんな服なのか消費者の方もあまりよく分かっていないのでは、ということだ。経済の高度成長期とそれに続いたバブル経済の頃は、新しいモノが大量にあふれ、着たい(と思わされた)服も次々と登場した。そんな服をあまり考えずに買って着ていれば安心できたし、何か新しい高揚感も感じた。

 しかしそんな時代はもうとっくに終わり始めていることに気づいていて、ではどんな服が変わりつつある自分の生活スタイルに合っているのか? どんな服が自分に本当に似合うのか? 今度いつ着るかも分からない服がクローゼットにひしめいていたり、大量に捨てたりしないで済むためにはどうすればいいのか。そんなことを考えたうえで、欲しい服を選ぶ基準を決めている人が多いとは思えない。

 アパレルビジネスに新たなイノベーションを持ち込んだ“破壊者“たちの紹介を通して、この本にはそうした消費者の側の問題の解決へのヒントもたくさん示されている。ただ一つ気になるのは、イノベーションの多くがITによる情報管理や生産過程の効率化、合理化によっていることだ。そのこと自体は否定できないのだが、使い方によればそれが結果的にまた新たな大量生産につながってしまう恐れもあるのではないか。

 現代のファッションの最大の問題は、服が本来の必要性を超えてあまりにもたくさんあり過ぎることなのだ。この本では、それとあわせ鏡のような、服の在庫処分業者の倉庫に服が毎日大量に持ち込まれる現場を紹介している。そしてこうしたことは服だけではなくて、いまの産業社会全体が抱えている問題でもあるのだ。

(文 上間常正 / 朝日新聞デジタル「&w」)

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