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「いらない仕事はない」ANAHD篠辺副会長インタビュー(3)

7/18(火) 10:01配信

Aviation Wire

 2013年4月1日、全日本空輸(ANA/NH)は持ち株会社制に移行した。これにより、ANAはANAホールディングス(ANAHD、9202)傘下の事業会社となり、ANAの社長だった伊東信一郎氏がANAHD社長に就任。ANAの社長には当時副社長で整備畑出身の篠辺修氏が就いた。

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 持ち株会社はANAのほか、LCCのバニラエア(VNL/JW)などグループ各社を束ねる。今年4月には、持分法適用会社だったピーチ・アビエーション(APJ/MM)も連結子会社化し、LCCは2社を擁するようになった。

 篠辺氏は今年3月31日付でANAの社長を退任。平子裕志氏に社長を譲り、4月からはANAHD副会長として、片野坂真哉社長とともにグループ全体を率いる立場になった。

 副会長として初のインタビューに応じた篠辺氏に、第1回はローンチカスタマーとして導入を決めた三菱航空機が開発中のリージョナルジェット機「MRJ」やボーイング787型機について、第2回は4年間のANA社長時代の振り返りやANAの国際線戦略を尋ねた。最終回となる今回は、ホールディングス制や求める人材像などを聞いた。

◆ピーチで生きたホールディングス制

── 事業会社ANAから持ち株会社ANAHDに移られて、感じたことは。

篠辺副会長:ANAHDを作った時に、ANAやLCCをぶら下げたりといった説明をいくつかした。グループ各社にもがんばってもらうために、良くも悪くもANAの子会社気分では困る、といった要素を掲げた。

 チームANAとして同じ目標を掲げながらも、例えば空港のハンドリング会社には、外国の航空会社からどんどん受託して外貨を稼いで欲しい。ANAHDは箸の上げ下ろしを指示しないから、運航分野ではない会社も、自分たちの武器を生かして欲しい。

 それこそ、採用計画も自分たちで立てればいい。ANAの人事を向きながら相談する必要はない。その代わり、責任も自分たちの経営陣にあるよ、ということ。競争が厳しい中、仲良しクラブじゃない。

 グループ会社は150社くらいまで膨らみ、今は連結で60社くらい。それぞれの会社が光って欲しいということで、ホールディングス制に切り替えた。会社の役割を明確化し、評価もハッキリわかるようにすることだった。

 しかし、そこについてはまだ、残念ながら光る会社が林立しているという状態にはなっていない。皆さんの気分も、「そうは言ったって」というのもあるだろう。

 逆にピーチは筆頭株主ではあるが、外資を入れたりして、初めから独立性を担保した。みなさんからも成功例と言われるようになったが、彼らが自分たちで責任を果たしたからだ。

 親会社に迷惑をかけるかどうかではなく、自分たちがどうやって世の中で理解され、受け入れられて評価され、成功するかを自分たちの知恵で考える。親会社が青いのにピンクにしたりとかね。平然と相談もなく(笑)。

 ピーチの井上(慎一)CEOは、株主であるANAHDには報告に来ていたが、私が社長の時にも一度も私のところには来なかった。4月に連結対象になってから初めて来た。外ですれ違うことはあったが、会社は別だし、ネットワークも別だからだ。

 そういう気概を持って、自分の会社をやって欲しい。そこについては、3年、4年では難しいだろう。「理屈はわかった。だけど環境はそうじゃない」と言われるだろう。ANAという看板、冠の大きさはあるのかもしれない。

 そこを突き抜けて、「ANAの看板はうちが光らせているんだ」という会社がもっと出てきて欲しい。それはANAHDにする前から言っていたが、なかなかうまくいかなかった。LCCもあるし、ホールディングス制にして改めて目指そうということだ。

── 今の段階ではホールディングス制を選択して良かったか。

篠辺副会長:まだどうだろう。良かったと言わないとまずいかな(笑)。もちろん、期待していた部分で足りない部分もある。

 例えばピーチの場合、ホールディングス制ではなく、ANAがピーチの株式を4割持っていた時は、井上CEOは航空会社であるANAの社長のところへ報告に来ることになる。航空会社同士でね。

 これがホールディングス制では、ANAHDの社長に報告しに来ることはあっても、ANAの社長のところに来る必要はない。井上CEOにとって、どちらが好きなようにやれただろうか。そこは機能していたのではないだろうか。

 井上CEOがアジア戦略室の室長になった時、私がアジア戦略室の担当役員だった。期間は短かったが。

 だから、建前の話をいくらしたところで、顔色を見て「機嫌悪そうだな」と思ったときに、「あの路線がかぶったからかな?」とか思ったりするだろう。そういうのはナシでいいよと。勝手にやればよく、大事なのはANAも含めた株主が期待していることを実現することだ。

── 持ち株会社とピーチの“分割統治”が自然に働いていた、と。

篠辺副会長:そうだと思う。本当はほかの会社もそうであって欲しかったが、ホールディングス制になってできた会社は、そんなに数が多くない。どうしても、今までの気分がなかなか抜けない。

 グループ会社の採用計画は、自分たちで考えなさいと。人が足らないなら、どういう計画をしていたのかとなるし、余るのも同じでしょ。余ったのであれば次の採用をどうするかを、その会社が決めればよく、そこはだんだんできてきた。

 難しいのは、グループ全体でやらないといけないこともある。各社の社長が、少しずつそういう気分になればいい。ホールディングス制でなくても、そうあるべきだ。

── 副会長として現場とANAHDをより近くしていきたいということか。

篠辺副会長:現実を踏まえて、ホールディングス制の理念を各社がうまく使えるようにしていきたい。

 「外の仕事を取ってこい」と言っても、ANAの仕事が100%の会社もある。現実は、「外から仕事を取ってこいといっても、どうやればいいのか」となる。つまり、「そんなこと言ったって」という感情が現実にはある。

 その現実を踏まえて、各社がやりやすいようにしていきたい。

◆「専門性」の持つ意味

── 今後ANAグループとして、どういう人材を求めていくか。

篠辺副会長:時代はダイバーシティ(多様性)。氏素性による必要はない。昔から言っているのは、専門性は会社に入る前はなくてもいい。私も入社前は整備の専門性はかけらもなかった。

 だけど、会社に入ったら自分の依拠するものを、しっかりやる人であって欲しい。会社のニーズは、その人の希望もかなえたいけれど、いろんな時代背景の中で配置せざるを得ない。どんな人が役に立っているかというと、一つの専門性を得るのに苦労した人たち。パイロットでも、客室乗務員でも、整備でも、営業でも、苦労をちゃんと経験した人は、ほかの職種になっても、何になっても踏ん張りがきくのではないかと思っている。

 将来会社はこういう風になるよ、という思いはあっても、環境が変えていってしまう。だからいろんな人が必要になる。

 実は、ピーチは運航の人を一人も入れずにスタートした。当時の山元(峯生)社長(故人)と話をしたときに、ANAがANAの文化を引きずって日本で立ち上げてしまうと、コストが高い第2ブランドを作るようなものになってしまい、あまり意味ないだろうとなった。北京にいた井上CEOを呼んだのは、外国語が話せるということもあった。言葉は大事だ、となった。

 会社を立ち上げる時は、それでもいい。メンバーを集める際、まずは関連事業の経験があるとか、経理財務がちゃんとわかるといった条件を出した。そして航空会社となった瞬間、運航の人が必要になる。

 そういう意味では、若いうちに何か専門をキチッとやってて、マネジメントとして会社や部門をいろいろ経験している順番が望ましいと思っている。一つぐらい専門を語れないと。苦労を実体験して、マネジメントをやれるような人がいいなと思う。

 役所のようなキャリアのローテーションも必要だが、われわれはエアライン。エアライン事業にかかわる専門性が必要だ。

── 整備士として入社した篠辺副会長の場合、2004年4月に整備本部技術部長から執行役員に昇格した際、営業推進本部副本部長に就任した。

篠辺副会長:部下からは整備から来たから「あの人は営業を知らないから、ちゃんとしてあげよう」という同情を買っていたと思う。

 どういうことかと言うと、整備から来たら整備の専門家と認知されることを理解しようよ、ということだ。

 現場経験しろといった単純な話ではなく、「あなたは20代の時、あるいは会社入って10年目の時に、何を経験したのか」ということ。何カ所か経験する人もいれば、私のように30まで現場でオーバーホールをやっていて、それから6年くらい技術にずっといたので、30半ばすぎるまでに1回しか異動を経験していない。

 どっちがいいかじゃない。その人がどういう経験をしたかだ。少し語れるものを持っていて欲しいし、周りはその経験を期待しているよ、ということだ。営業だろうが、どこの部署だろうが、そこでのその時代の経験はその人しかしていない。

 すごい専門家になっているかどうかではない。本社の企画部門にいたとき、整備のライセンスを持っていないので、“ニセ整備士”と言われ続けて悲しい思いをした(笑)。

 例えば原動機工場の場合、ライセンスが必要な検査主任者は数人いればいい。ところが運航整備は、1便ごとにサインするのでライセンスがいる。私は装備工場だったからライセンスが必要なかった。そこまで説明しても、「要はライセンス持ってないということだな」と言われ続けて、40代は苦労した。

── 専門性と一言で言っても、いろいろな専門性があると。

篠辺副会長:そうだ。整備本部で技術系の処遇の仕方を検討した際、何社もまわった。すると、鉄鋼メーカーの部長席で「彼は日本で5本の指に入ります」という説明を受けた。高炉5社ということは、航空会社は当時3社だったので、うちでピカイチの整備士は日本を代表する整備士なのでは、と思った。ところが、みんなはそう思っていない。

 整備士の先輩で、仕事ができる人がいた。だけど、会社はこの人をちゃんと評価できているのだろうかと、疑問に思った。整備部長の席はあるけれど、専門家のそうした席はなかった。だから、専門性の認定制度を当時作り始めた。

 「会社はあなたにこれを期待している、あなたのここまでの経験があるので、こうしました」というメッセージは大事だと思う。会社が「気持ちはわかるだろ」と言っても、言ってくれないとわからない。

 天狗になって欲しいのではなく、いい意味で自覚を持とうよ、ということだ。何かがあればお叱りを受けるのは、期待感があるから。「あなたたちは日本を代表するエアラインじゃないんですか」という期待があるからだ。

 自分の仕事について、そういうことを若いうちから理解して欲しい。いらない仕事はない。

Tadayuki YOSHIKAWA

最終更新:7/18(火) 10:01
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