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WRX STI スポーツモデルの未来

7/18(火) 6:32配信

ITmedia ビジネスオンライン

 スバルのイメージとは何だろう?

 現在へ続くスバルブランドの基点を探せば、恐らくそれはレガシィの登場だろう。スバル車の再評価の大きな部分を担っているのはWRCでの華々しい活躍だ。だからレオーネからレガシィにバトンタッチして以降のスバルにとって、「スポーツ」は少なくともスバルのイメージの重要なキーワードの1つになっている。スバルがWRCだけでなくニュルブルクリンク24時間など、モータースポーツに積極的に参加してきた意味はそこにある。

【スバルは質感にこだわったと言うが、全体的には落ち着かないインパネ】

●安心と愉しさ

 そうした文脈を踏まえた上で、富士重工からスバルに車名変更したスバルの新たなキーワード「安心と愉しさ」を考えてみたい。正直なところ自動車メーカーの主張としては何も新しくないのだが、それ故に普遍的だ。

 「安心と愉しさ」と言われて筆者が思い出したのは「Safty Fast」。英国のスポーツカーメーカーであるMGが提唱した言葉だ。そして、恐らくは同じことを言っているこのスバルの「愉しさ」とMGの「Fast」の間に時代の違いが横たわっていると思う。MGの時代は「安全と両立した速さ」こそが重要で、安全であれば速いことは正しかった。

 スカイラインGT-Rの産みの親として知られた故桜井眞一郎氏は、かつて「クルマは人間が速く移動するために作られた。しかし今、速いことは必ずしも正義だと言われない時代だ。速さを正しいと社会が認めてくれない限り速いクルマは作れない」と言った。

 今、世界の自動車メーカーに与えられている使命は「交通死亡事故ゼロ」であり、二酸化炭素(CO2)の削減である。自動運転も電動化も全てそこに集約されるし、ZEV(ゼロエミッションビークル)やCAFE(企業平均燃費)という厳しい環境規制に直面する中で、かつて以上に、クルマが速く走ることは認められない時代になっている。

 特に厳しい環境規制は、たとえ安全であろうともCO2増大につながる速さに対して否定的と言える。もちろんエネルギーが完全にゼロエミッションで生み出されれば、新たな可能性があるのだが、水素にしろバイオ燃料にしろまだ道は険しいし、そもそもそこは国家レベルのインフラエネルギーの課題であって自動車メーカー単体でどうこうできる部分ではない。

 さて、そういう厳しい社会情勢の中で、スバルの全てとは言わないが、少なくともWRXというクルマは、モータースポーツで活躍するクルマを自分で手にすることができるというところに商品性の主眼がある。誰よりも速く走って勝つことを目標とする競技車両と、その基本を共有し、華々しい活躍のイメージを受け継いだ市販車という関係だ。ところが、すでに述べたように、市販車は安全と環境の問題に直面し、高性能車はその商品性に矛盾が生じつつある。そうした時代を見据えてスバルにとって歴史的に大事なキーワード「スポーツ」の再定義をしなくてはならない。

 スバルはそれに敏感に反応して、スポーツの解釈を「速さ」から「愉しさ」にシフトしたのではないかと筆者は考えている。なので、筆者が新型WRX STIに乗って確かめたいのは、スバルが「スポーツ」をどう消化し、どこへ進もうとしているのかと言う点になる。

●新旧WRX STIに乗る

 幸いなことに今回のテストコースはサイクルスポーツセンターだったので、WRCイメージの超高性能車を制限速度でインプレッションという間抜けなことにならずに済んだ。しかも新旧モデルが比較試乗できるという行き届いたプログラムだった。

 ただし、ここで念を押さねばならないが、試乗コースがこうしたサーキットのような場所だと、一般の交通の中を走ったときにどうかはテストできない。信号も一時停止もないし、他車との速度差を考えれば、ゆっくり走ると危ない。レースのような走り方をしたときにどうかという試乗になることはご理解いただきたい。一般公道でのクルマの出来がどうかについては別途試乗してみるまで留保させていただきたい。

 さて、当たり前のことだが、車重1490キロに対して308馬力/43.0キログラムメートルのクルマの加速性能は尋常ではない。激辛比べをするならまだ上はいるだろうが、昨今の社会通念の中で、日常的にこれほどの加速を使う頻度を考えればオーバースペックだと思う。恐らくもっと動力性能を落としても「スポーツ」は成立する。WRX STIは、新型になってもWRCイメージを踏襲した動力性能という点では変わっていない。

 結局のところ、速く走ることが認められない社会でのクルマの価値、とりわけスポーツカーの価値がどう変わっていくかと言えば、ピーク値に代わってビークルダイナミクスの精度が重要になるのだと思う。筆者の持論で言えば、それはスピードスケートからフィギュアスケートのような転換で、つまりクルマのあらゆる局面での所作、身のこなしが重視されると考えられる。モータースポーツではすでにD1という競技があり、これはタイムを争うのではなくドリフトの姿勢の美しさを競うもので、まさにフィギュア的な世界である。

 公道でドリフトするわけにはいかないが、交差点を時速15キロで曲がっても、その一連の過程での姿勢をキレイに制御できたかどうかには歴然とした違いがあり、クルマの挙動を美しくコントロールするという意味においては、それは立派にスポーツである。

 果たしてフィギュア的なものがそのものズバリかどうかはさておき、速度そのものが反社会的と言われる時代にスポーツカーが存続するためには、速度に依存しないスポーツ性の確立が必須になるのは間違いない。

 新旧のWRX STIを乗り比べて、そのビークルダイナミクスの進歩に驚いた。旧型の機械式センターデフに対し、新型では電子制御になった。これがさまざまな面で天と地ほどの差になっていた。

 最も顕著に改善されたのは下りの中速コーナーだ。機械式デフの場合、レースのような走り方で強いブレーキを掛けたときに接地力が落ちたリヤタイヤから駆動が抜けて、フロントタイヤに駆動が移り、高性能タイヤのお陰もあってノーズを強烈に内側に引っ張る。次にその挙動によってリヤタイヤに荷重が掛かって、再びリヤタイヤが駆動力を掛けるというサイクルが繰り返される。

 高負荷旋回域だけに、その間の横Gの変化は大きく、周期も比較的速い。ドライバーは左右に激しくシェイクされて運転姿勢を維持するのが大変なほどだ。高性能タイヤのお陰で危険とまでは言わないが、誰でも制御できる挙動とは言えない。原因は機械式デフの前後駆動力配分が、カムによってオンオフ的に行われるところにある。

 この現象が電制デフを採用した新型では全く起こらない。そればかりか、ターンインのとき、リヤタイヤがむやみに踏ん張らず、自然な自転運動を助け、しかる後に旋回に入るとグッと踏ん張るし、一度そうなればリヤが飛びそうな気配は見せない。試みにそこから無理にアクセルを踏み込めばフロントの許容を超えてアンダーへと移行する。

 あるいは、意地悪をして進入からオーバースピードでコーナーに放り込めば、フロントが限界を超えてズリズリと滑り出して穏やかなアンダーステアとなる。タイヤの抵抗で自然に速度が落ちた後のグリップの回復も穏やかで、旧型のグリップ回復時のような急激な横Gの立ち上がりが起こらない。

 もちろん旋回中の駆動力の与え過ぎや、オーバースピードでのコーナー進入でアンダーが出た場合、そこからタイヤの抵抗で速度が落ちていってグリップが戻るまでは待つしかない。待っている間にコースアウトすればクラッシュなので、どこまででも助けてくれるとは思わない方が良い。タイヤのグリップ内で走るのが基本だが、何かのアクシデントで限界を超えても、即おしまいではないという意味である。

 駆動配分が滑らかに行われ、クルマの挙動が安定した分、アクセルを抜いて挙動を整える必要が減って、踏み込み量を一定に保っていられる。宿命的に過給圧遅れが起きるターボの場合、アクセル操作はtoo much too rate(遅すぎ、多すぎ)になりがちで、一定に保っていられればそういうネガを引き込まずに済む。

 今回のモデルチェンジで、ダンパー、スプリング、スタビライザー共にアシを動かす方向にセッティングを改めたことも好印象だ。オンオフ的に効く機械式デフの場合、高速高負荷時、つまり滅多に使わないが、何かあったらリスクの高い領域で駆動力が行ったり来たりしてクルマが暴れる状態に入ることを極力防ぎたい。とすれば、その現象の発端となるリヤタイヤの荷重抜けを何とかしなくてはならない。旧型ではそのためにフロントサスを硬めて前のめり姿勢を防ぐ必要があった。しかし新型では電制デフを採用したおかげで挙動の乱れそのものを抑え込むことができ、その結果アシをもっと動かすことができるようになった。当然日常的速度域での乗り心地も改善される。

 クローズドコースでしか使わないような限界時の荷重移動を抑えるためにアシを固めれば、もっとカジュアルな速度域でのスポーツドライブでは前輪が突っ張って十分に荷重が呼べない。フロントサスが縮めば荷重はフロントに移って舵の効きが良くなる。対してフロントサスを硬くするということは、前輪の接地荷重が増えないから舵が効かない方向になる。そういうセッティングのアシは、コーナー進入時に強烈なブレーキでフロント荷重をアシストしてやらなければスポーツ性が味わえない。それはフィギュア的ではない。新型はアシが動くことによって、幅広い速度域でドライバーの意図する動きを作ることが出来るようになった。

 ということで、新型WRX STIは総合的にどうかと言えば、限界性能も限界時の挙動も改善されているが、電制デフ採用の副産物としてアシを柔らかくでき、結果的により低速でも愉しくクルマをコントロールできるようになった。

●スバルはどこへ向かうのか?

 これらの改善が日常域の走りを意識した意図的なものかどうかをエンジニアに尋ねてみたところ、低速側は意図したものではなく、やはり高速側に主眼を置いて改良を行った際の副産物だったことが分かった。

 ただし、「スバルにとってのスポーツ」をこれからどうしていくのかと言う点では強い問題意識を持っていたのもまた事実である。ランサーエボリューション亡き後、日産GT-RとスバルWRXは超高性能乗用車の最後の砦だが、エンジニアも世の中の流れを考えれば「いつかは作れなくなりますよね」と覚悟はしている。

 30年前、夜の箱根にはコーナーにギャラリーが集まっていたし、そこに走りに来る若者がいた。公道を速く走ることは当時だって決してリーガルではなかったが、善悪はともかく現実にそういう世界が存在した。

 今、たまたま週末の夜に箱根を通りかかっても、ギャラリーはおろか、それらしいクルマもいない。そういうクルマが求められる時代は終わったのである。アドレナリンが全身を駆け巡るようなスポーツではなく、心が愉しくなるスポーツへの転換をスバルは成し遂げていかなくてはならない。そして新型WRX STIは意図したわけではないが、そういう過渡域のリニアリティを愉しむ方向に少しだけだが変わっていたことを確認した。

(池田直渡)