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“守りの情シス”から“攻めの情シス”は生まれるか AGC旭硝子のPoC部隊奮闘記(前編)

7/18(火) 10:41配信

ITmedia エンタープライズ

 今、企業の間で「IT部門を2分化」する動きがあるのをご存じだろうか。システムの信頼性と安全性を重視し、安定的に稼働させることを目指す“守りの部隊”だけでなく、現場の業務改善や付加価値サービスの創出を手掛ける“攻めの部隊”を社内に持とうという流れだ。

【画像】建築から自動車、基礎化学品まで幅広い素材を開発しているAGC旭硝子が内製化に動きだした

 100年を超える歴史があるガラス製造大手のAGC旭硝子も、そんな“バイモーダル化”の取り組みを進める1社。2015年にAWSを導入したAGC旭硝子では、クラウド化によりハードウェアの保守運用から解放される情シスメンバーをトレーニングし、自社の新しいサービスや価値の創造に貢献する開発者を育てようとしている。

 “攻めに転じたい”というパッションを持つ“守りの情シス”は果たして生まれ変わることができるのか。その行く手にはどんな課題が待ち受け、それを乗り越えた先にはどんな景色が見えるのか――。

 2017年春、社外講師とともに実際の開発プロジェクトを通じて実践スキルを学ぶプログラムをスタートさせた情報システム部 デジタル・イノベーショングループ マネージャーの浅沼勉氏にプロジェクトの全容を聞いた。

●AWS導入以降に感じた情シスへの期待と現実のギャップ

 AGC旭硝子の基幹システムは、現在は半数程度がAWS上に移行しており、あと2年もすれば自社のデータセンターはほぼ空っぽになる予定だ。浅沼氏はその2年後を見越し、情シスの変革を進めるべく試行錯誤してきた。

 変革後の姿として浅沼氏がイメージするのは、ガートナーが提唱する「バイモーダル」なIT部門。業務システムを安定した状態で確実に運用していく「モード1」と、新たな価値の創出を目指してアジャイルに開発を進めていく「モード2」の2つのモードを、目的に応じて適用するという考え方だ。

 今後もモード1の重要性は変わらないが、それに加えてモード2を担う“攻めのIT人材の育成”を急いでいる。

 浅沼氏自身が社内業務システムの保守運用というモード1の仕事をしながらモード2を意識するようになった背景には、社外と社内、それぞれで得た気付きがある。1つは、会社の外で感じた「モノづくり」の変化だ。

 「毎年8月にお台場で開催されるMaker Faireに、ここ5年くらい通っています。モノづくりが好きな人が集まる場で、5年前はちょうど世間で3Dプリンタが注目され始めたころです。Maker Faireでも3Dプリンタで何かを作るというのが多かったのですが、ここ2~3年はモノに対してプログラミングでいろいろ足す、みたいな話が増えてきて、モノづくりが変わってきていることを実感しています。うちの会社もモノづくりが好きな人が多く、今までも『ITを使って良いガラスを作る』ということをすごく考えてきていますが、これからは、『ソフトウェアによってガラスの付加価値を高める』方向になっていくんじゃないかという気がしているのです」

 会社の中では、以前は交流のなかった部門の人たちとのコミュニケーションによって気付かされたことがあった。

 「以前の私たち情シスのイメージって、極端なことを言えば、『社内のPC屋』とか『経理のシステム見てるんでしょ』というものだったんですね。それがAWSを使うようになって『先端的なことも始めているんだね』と認識されるようになったみたいです。研究所、生産現場、商品開発といった、それまでは接しなかった人たちと話をするようになりました。そこで気づいたのが、彼らがやってほしいことに対して、自分たちがすぐに応えてあげられないということなんですね。『こういう画面がほしいんだけど』と言われた時に、『多分できますよ。ただしSIerに頼むので、これくらい時間と費用がかかります』と答えると、相手の興味はスーッと引いていく(笑)」

 「こんなことできる?」という相談を受けて、すぐにプロトタイプを作ってみるくらいのことは自分たちでできないと、会社の中でビジネスを動かしている人たちのニーズに応えられない――。そう気づいて、“内製できる情シスの育成”に動き出したのだ。

●やる気はあるのに“とんでもコード”、独学の限界を知る

 基幹システムのクラウド化が進んでいるといっても、現状は残りのシステムの移行作業などもあり、メンバーの業務量は減っていない。しかし、手が空くまで待っていては実際に余裕ができたときにムダな時間が生じてしまう。そこで浅沼氏は、“本来の業務を手掛けながらも新しいことに挑戦したい”というメンバーを募った。

 結果として、やる気のある若手社員が集まり、2016年度は業務の一部の時間を充てて、完全に独学でのプログラミングに挑戦した。社内の事業部から実際に要望があった機能の開発をするという実践的な取り組みだったが、浅沼氏は「自学自習では限界があった」と振り返る。

 「私は前職ではJavaで開発をした経験があって、それをベースに教えてあげられるんじゃないかと思っていたんです。でも、10年もたつと開発ツールも言語も全然違うんですね。Gitの使い方も、(プログラミング言語の)Pythonも全く分からない。初心者の彼らにどこから説明していいのか分からず、困ったな……、と思っているうちに、“とんでもコード”ができていました(笑)」

 “とんでもコード”を作り上げた張本人である久保田有紀さんは、当時をこのように振り返る。

 「今までやったことがないことができるのは面白かったのですが、当然、分からないことだらけで……。何か開発してみよう、この言語を使ってみようと思ったときに、一歩目からつまづいて、それをWebで検索して調べるんですけど、調べ方すら分からない。今、悩んでるところは一体どこなんだろう? という感じで、暗闇に放り出されたような気持ちになりました。本当に長い時間をかければできるのかもしれないですけど、なかなかモチベーションが続かなくて、結構辛かったですね」

 しかし、そこでめげることなく打開策を見つけてきたのも久保田さんだった。

●失敗覚悟で始めた新たなトレーニング方法とは

 若手メンバーに独学で開発力を身につけさせることに限界を感じた浅沼氏は、2017年度から外部パートナーの力を借りることにした。そのヒントとなったのは、東急ハンズの執行役員で、情報システム子会社ハンズラボの社長である長谷川秀樹氏のアドバイスだという。

 「AWSを使っていると友達が増えるんですよね。その中でも長谷川さんのことは非常に尊敬していて、大いに感化されています。私以上に感化されやすく、行動力もあるのが久保田で(笑)、彼は2017年の初めにうちの部長を連れて長谷川さんを訪問したんですよ。『もっと内製化を進めていくには、部長にも同じ考えを共有してほしい』ということで、ハンズの店舗スタッフを開発者に育てた長谷川さんにいろいろと話をしてもらったわけです」

 その際に長谷川氏からもらったアドバイスの1つが、「未経験者を育てるには、最初はできる人と組ませるべき」ということだった。そこで浅沼氏は、AWSに特化したSIerであるサーバーワークスに「一緒に開発をしながら、メンバーにそのノウハウを伝授してほしい」と持ちかけたのだ。

 サーバーワークスでは、AWSの使い方を教えることはあっても、クライアントの開発部隊を育てるという経験はなかった。相談を受けた千葉哲也氏(サーバーワークス クラウドインテグレーション部 技術1課 課長)は当初、「システム開発の素人を、週1回8時間、たった数カ月の教育で、PoC(Proof of Concept:概念実証)を自分たちでできるぐらいのプログラマーに育てるなんてできるわけない。アウトプットを約束できない」と思ったそうだ。

 しかし、何度かの話し合いの後、4月から4人のメンバーがサーバーワークスの指導の下、トレーニングを受け始めた。

 「『どんな結果になっても受け入れるので、取りあえず3カ月』とお願いしました。おっしゃる通り、この活動は結果のコミットなんてしようがないと思います。ただ、仮に全くうまくいかなかったとしても、それを前提に次の作戦を立てられますよね。今度は別のトレーニング方法を試すとか、やっぱり人を採用しないとダメだとか、そういう学びを得るためにも、1回やってみるしかないと考えたんです」(浅沼氏)

 “失敗も覚悟の上”の思い切った施策だったが、トレーニングを受けている4人のとても楽しそうな様子から、浅沼氏はうまくいっていると感じている。技術の面でも着実な進歩が感じられ、そんな彼らの様子が情シスの他のメンバーにも良い刺激を与えているという。

 「“2017年に新しいことをしよう”と手を挙げたメンバーは10人いるので、残りのメンバーにもこの取り組みを横展開したいですね。どんどん広げていって、これから2年後はどうなっているのか想像がつかない。すごく楽しみです」と語る浅沼氏の表情からは、確かな手応えが感じられた。

 後編では、この取り組みに参加している久保田氏と、講師役を務めるサーバーワークスのメンバーに、実際のトレーニングの内容を聞く。