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プロ野球史上最大ゲーム差の逆転優勝…1963年西鉄Vをたどる

7/18(火) 10:00配信

デイリースポーツ

 プロ野球が後半戦に突入した。セ・パ両リーグとも優勝に向けて、さらに激しい戦いが展開されていく。過去には前半戦で首位に大きく離されたチームが、終盤に逆転して優勝した例もある。そこで、プロ野球史上最大14・5ゲーム差からの逆転優勝を果たした西鉄(現西武)の1963年シーズンをたどる。

 西鉄が首位・南海(現ソフトバンク)と14・5ゲーム差に広げられたのは、7月7日の東映(現日本ハム)とのダブルヘッダー(後楽園)を1勝1敗で終えた時だった。7月24日のオールスター終了時点では10・5ゲーム差だった。

 大反攻を見せ始めたのは8月以降だった。最終的には10月19、20の両日、近鉄とのダブルヘッダー計4試合に3勝1分け以上で優勝が決まるという条件の中、4連勝で悲願を達成する。ちなみに8月以降のチームの月別勝敗数は次のとおりだった。

 8月=17勝7敗

 9月=19勝10敗1分け

 10月=13勝3敗1分け

 この期間は投手陣の活躍が大きく、勝利数の内訳を見ると

 稲尾和久=12勝

 田中 勉=10勝

 若生忠男=9勝

 畑 隆幸=7勝

 安部和春=7勝

 井上善夫=4勝

 同年の稲尾は最終的に28勝を挙げ、最多勝を獲得。田中勉は51試合で17勝8敗の成績を残し、勝率1位(・680)だった。シーズン投球回数は、稲尾が386回、田中勉が216回1/3、若生が202回2/3を投げた。

 また、安部はこの年53試合(先発3試合)で10勝1敗、防御率1・75。終盤はフル回転で9月は15試合の登板で35回2/3を5失点、防御率1・25。10月は9試合で36回1/3を6失点、防御率1・46だった。ちなみに畑のいとこは動物学者で作家のムツゴロウさんこと、畑正憲氏である。

 このシーズンの戦いで特徴的だったのは、チームに3割打者がいなかったことだ。また、西鉄が南海との直接対決で20勝9敗1分けと大きく勝ち越したことも逆転Vにつながった要因といえる。