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<日野原さん死去>よど号メンバーも弔意「私たちの恩人」

7/18(火) 17:59配信

毎日新聞

 日野原重明さんは、1970年のよど号ハイジャック事件に巻き込まれた被害者の一人だったが、晩年は容疑者側との交流も拒まなかった。北朝鮮に残る若林盛亮容疑者(70)=国外移送目的略取などの容疑で国際手配=は毎日新聞の電話取材に「私たちの思い上がりを気付かせてくれた恩人。生きている間に直接おわびしたかった」と死を悼んだ。

 日野原さんは70年3月に出張のため羽田空港から日航機「よど号」に乗り、その後韓国の金浦空港で解放された。機内では脱水症状に陥った乗客を問診。解放直後に「彼らは学生」などと話したとされ、よど号グループ側は「事件の理解者」と感じていたという。

 事件から30年の節目で開かれた集いに、日野原さんは「大きなトラウマだった」という趣旨のコメントを寄せた。若林容疑者は取材に「人に犠牲を強いたハイジャックに大義はなかった。思い上がりに気付かされた」と語った。

 日野原さんが100歳の誕生日を迎えた2011年には、北朝鮮に暮らす容疑者らが親族を介して朝鮮製の陶磁器と手紙を送り、祝意とおわびを伝えたという。若林容疑者は「親族が直接会うのは難しいかもと考えたが、先生は会ってくださった。感謝したい」と語った。【岸達也】

最終更新:7/18(火) 20:54
毎日新聞