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生涯現役の日野原さん 患者に笑顔「あなた、大丈夫!」

7/18(火) 15:37配信

朝日新聞デジタル

 日野原さんは18日朝、東京・世田谷の自宅で、同居する次男の直明さん(69)、真紀さん(70)夫妻が見守るなか、息を引き取った。「延命治療を望まなかったので、胃ろうや呼吸器などは一切つけなかった。痛みも苦しみも全く訴えず、最期は静かに眠るように亡くなった」という。

【写真】会見する日野原重明さん=2015年9月、東京都中央区の聖路加国際大学

 直明さんによると、日野原さんは3月23日の退院後、在宅で療養していた。その後は目玉焼きやトースト、嚥下食(えんげしょく)などを食べるなど元気を取り戻し、106歳の誕生日パーティーを自宅の庭で催すことを楽しみにしていたという。2日前までは家族が話しかけると返事ができていたが、「本人は医師だから、自分がまもなく他界するとはっきりわかっていたと思う。だから子どもたちや孫たちそれぞれと会話し、メッセージを託していた」と語る。

 日野原さんは、名誉院長を務める聖路加国際病院で、100歳を超えた後も時間を見つけては入院病棟を回った。患者に気さくに声をかけ、末期がんの患者の人生の物語に丁寧に耳を傾ける。「あなた、大丈夫!」。笑顔とユーモアで死への不安をやわらげられた患者が、一時的にめざましい回復を見せることも少なくなかった。

 多忙な日々を送りつつ、考え抜かれた食事法やストレッチを通じて筋力や姿勢の保持に努めた。2013年2月、背骨を構成する個々の骨、椎骨(ついこつ)が折れた。自ら先進技術であるセメント療法の被験者となり、2日後には歩き、数日後には講演へ。各地で高齢者に「骨折してもこの治療法がある」と薦めてみせた。

 長寿と健康をテーマに、75歳以上の高齢者に呼びかけた「新老人の会」の活動は全国に広がった。会員らを前にした講演が年150回に及んだことも。聴衆との直接対話が「私という存在が多くの人に必要とされている証し。生きがいそのもの」と話していた。

朝日新聞社