ここから本文です

「思い上がりを正した恩人。直接おわびしたかった」日野原氏の訃報によど号メンバーも弔意

7/18(火) 12:08配信

産経新聞

 18日に105歳で死去した聖路加国際病院名誉院長の日野原重明さんは昭和45年、過激派「赤軍派」にハイジャックされた日航機「よど号」に乗客として偶然、乗っていた。赤軍派メンバーの1人で北朝鮮に亡命した若林盛亮容疑者(70)は同日、産経新聞の取材に応じ「われわれの思い上がりを気付かせてくれた恩人。できれば会って直接、おわびしたかった」と述べた。

 日野原氏は45年3月、出張で搭乗したよど号で事件に遭遇。乗客がハイジャックを理解せず、メンバーも説明に窮する中、声をあげて「人質を取る乗っ取り」と説明。「ハイジャックする人が説明できないのはおかしい」とマイクで語り、緊張する機内をなごませた。

 日野原氏は後年、産経新聞への寄稿で、メンバーが革命歌「インターナショナル」を歌うと、乗客が別れの歌「北帰行」を吟じたエピソードなどを回顧。「生きるも死ぬも皆が同じ運命にあるという意識から生じたストックホルム症候群という敵味方の一体感に一同が酔ったといえるのかもしれない」と振り返っていた。

 若林容疑者は取材に対し、日野原氏が解放直後の記者会見でメンバーの凶悪さを問う質問に「彼らは学生だった」などと応じたとし、「当時は、われわれの『大義』の理解者だと感じていた」と語った。

 ただ、事件から30年目にあわせ開催された国内の集いでメッセージを求めた際、日野原氏は「精神的、肉体的に大きなトラウマだった」とコメント。若林容疑者は「人を犠牲にする大義に大義はない。われわれの間違い、思い上がりに気付かされた」と話した。

 若林容疑者ら北朝鮮在住の元メンバーは平成23年、100歳の誕生日にあわせ日野原さんに手紙を送り、祝意とおわびを伝えた。

 若林容疑者は「まだまだお元気と思っていた。私たちの親族、帰国した子供にも会っていただいた。いずれ帰国し直接おわびしたかったが残念だ」と述べた。

最終更新:7/18(火) 18:06
産経新聞