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《ブラジル》四世ビザに「条件付き賛成」?=本人や関係者に意見聞く (3)=往時支えたグルッポ・ニッケイ

7/18(火) 7:03配信

ニッケイ新聞

(ブラジル邦字紙「ニッケイ新聞」18日付)



 ブラジルに帰国したデカセギの再就職支援のボランティア団体「グルッポ・ニッケイ」を運営してきた島袋レダ元代表(二世、66)。夫パウロさんと共に経営するサンパウロ市の印刷会社「グラフィカ・パウロス」で働く社員は、元デカセギばかりだという。

 レダさんは1999年に「グルッポ・ニッケイ」を設立し、2011年に活動を終えた。帰国したデカセギを対象に、就職セミナーや再就職相談など様々な活動を行った。

 同社が活動費用の大半を負担してきたが、リーマンショック後の大量帰国という大波の直撃を受けて必死に対応し、「もう十分やることやったと思って活動を終えた」と振り返る。

 
 

 レダさんも「日本政府が外国人労働者をちゃんと受け入れる体制を作れば」との条件付きで「四世ビザ解禁に賛成」だ。


 ボランティアで活動していた「グルッポ・ニッケイ」は日系団体や企業から協力を募り、少ない資金でやりくりしてきた。設立当時、帰国した元デカセギの30%がブラジルでも就労できなかった。日本での就労ストレスが原因で精神的問題を抱える人も現れはじめた。レダさんは「状況打開のために彼らに必要なのはお金だ」と考えた。

 お金を稼ぐためには、まず失業問題を解決しなければならない。それに「ブラジルでの就職を手伝って欲しい」と依頼されたこともあったので、転職希望者、日本就労希望者向けの就職斡旋支援「ただいまプロジェクト」を立ち上げた。

 レダさんは今デカセギ希望者が再び増加している現状について、「110年前は日本に仕事がなく、多くの国民が外国に出て知らない土地で苦労した」と日本移民の発端について語り、「それなら日本は同様の状況の国からの移民を受け入れるべきだ」と日本側の対応についての意見を述べた。

 元デカセギから聞いた日本人からの扱いのひどさに憤りを覚えることもあったという。「怒鳴ったり、差別的な扱いをされたという相談を多く受けました。日本政府や外国人を雇用する職場はしっかりとした受け入れ態勢を作るべき」と語った。



 島袋さんが「せっかくだから」と呼んでくれた同社内の元デカセギ3人に話を聞くことにした。(つづく、國分雪月記者)

最終更新:7/18(火) 7:03
ニッケイ新聞