ここから本文です

注文書=検収です。你付銭吧(お金を払ってください)!:IT訴訟解説

7/19(水) 6:10配信

@IT

 IT訴訟事例を例にとり、トラブルの予防策と対処法を解説する本連載。今回は「オフショア開発」にまつわる裁判を解説しよう。

【オフショア開発には、さまざまなリスクが伴う】

●オフショア開発には危険がたくさん

 ソフトウェア開発を海外のベンダーに発注する「オフショア開発」には、さまざまなリスクが伴う。

 言語の壁があって仕様がうまく伝わらない、日本人なら言わなくてもやってくれる異常系の処理などを「仕様書にないから」と実施しない、開発後に不具合を指摘してもなかなか改修に応じてくれない――同様の経験をした読者も多いのではないだろうか。

 とはいえ、人件費の差など、オフショア開発にはメリットもある。今後、日本のユーザー企業やベンダーが海外のベンダーとの取引を減らすことは考えにくい。

 今回は、オフショア開発を舞台にした裁判を紹介する。オフショアだけに限った話ではないが、日本人とメンタリティや文化が異なる海外のベンダー相手の場合に、多く発生しがちな問題だ。

 まずは、判例から事件の概要を見ていただこう。

---
東京地方裁判所 平成25年8月26日判決から抜粋

ソフトウェア開発業者(以下 元請けベンダー)が、ある共済組合から業務系システムの開発を受注し、中国のオフショアベンダーにその一部を再委託した。金額は合計で約1600万円で、このうち一部作業の完成代金として126万円が支払われた。

ところが、オフショアベンダーの成果物には多数の不具合があり、元請けベンダーも技術者を動員して修補に当たったが、結局、不具合は解消しきれず、共済組合は元請けベンダーとの契約を解消した。

元請けベンダーは、結局、オフショアベンダーの成果物は検収に合格しなかったと主張し、残金の支払いを拒否したが、オフショアベンダーは残金の支払いを求めて訴訟を起こした。
---

 少し補足をすると、オフショアベンダーとの契約は8本に分かれていたが、そのいずれについても、作業自体は行われていた。そしてオフショアベンダーの成果物に数多くの不具合はあったものの、元請けベンダーは各作業終了後に注文書を出して支払いの意思を示していた。

 ところが、不具合がいつまでも解決しなかったためにユーザー企業から契約を解消された元請けベンダーがオフショアベンダーへ支払いを拒み、オフショア側がこれに納得しなかった、というわけだ。

 多数の不具合を残したまま支払いを要求し、「ユーザー企業が契約を解消してもこちらは譲らない」という姿勢は、海外のベンダーならではといえようか。

●使えないシステムにも代金を払うべきか

 一つ考えておきたいことは、元請けベンダーはオフショアベンダーに対して検収合格を「明示的に」出していないという点だ。

 オフショア側は「元請けベンダーが各作業の終了後に金額入りの注文書を発行しているのは、事実上オフショアの作業完成を認めた暗黙の検収だ」と主張している。

 これに対し元請け側は、「注文は、あくまでオフショア側が不具合解消を含む作業の完成を見込んでのこと」であり、「注文を拒むとエンジニアを引き揚げさせるというオフショア側の脅迫もあってのことだ」と主張した。

 裁判所はどんな判断をしたのだろうか。判決の続きを見てみよう。

---
東京地方裁判所 平成25年8月26日判決から抜粋(つづき)

本件業務につき、オフショアベンダーの作業終了後に、元請けベンダーはオフショアベンダーに対し、作業期間や作業内容、代金額などが記載された注文書を発行して、それまでのオフショアベンダーの業務の履行を受け入れて代金額の提示を行っているといえるし、また、オフショアベンダーによる業務の履行後特にクレームを申し入れた事実もないのであって、こうした事情に鑑みれば、本件業務につきいずれも黙示的に(中略)検査の合格が示されたと評価することができる。
---

●作業後の注文は「検収」と見なされる

 裁判所は、オフショアベンダーの主張を受け入れる判断を下した。「作業後に注文書を発行したこと」「オフショアベンダーの作業にクレームを入れた事実がないこと」は、事実上の「検収合格」だというのだ。

 注意したいのは、裁判所が「クレームを申し入れた事実もない」と述べた点だ。私は、現場にいたわけではないが、多数の不具合が解消されない中、元請けベンダーが何も言わずにオフショアベンダーの作業を見ていたとは考えにくい。

 ここでいう「クレーム」とは、「会社としての正式な申し入れ」と考えた方がよさそうだ。恐らく元請けベンダーは、そこまでのことを行わなかったか、あるいはそれが確認できる「記録」が残っていなかったということだろう。

 元請けベンダーは、共済組合から一銭の代金も受け取れず、オフショアベンダーに多額の費用を支払う羽目になった。

 後から客観的に見ればいろいろ論評できるが、当事者になってみれば、作業完了までに書類を発行することはあるし、「不具合の対応くらいやってくれて当然」と考え、わざわざ正式なクレームを入れないことだってあり得る。

 そう、決して人ごとではないのだ。

●日本人は海外ベンダーの考え方を学ぶべき

 こうしたトラブルを防ぐには、正しい時期に注文し、明確な「検収基準」を示すこと。そして、約束が守られないと分かったら、速やかに会社としての「正式なクレーム」を入れ、その「記録」も残しておくことだ。

 しかしこれらを守ってもまだ、オフショア開発には多種多様な問題が発生する。

 瑕疵担保責任の有無にかかわらず、納入後の不具合に対応してくれない場合が多いし、明らかに間違いと分かる仕様書を提示しても、指摘せず間違ったまま作ってくることもある。

 これは、欧米や中国などのベンダーは、契約書に忠実な傾向が強いことによる。

 日本のベンダーが重視するのは「お客さまの成功」である。例えば、ユーザーの提示した要件の誤りが後になって分かったら、多少の無理をしても何とか対応してしまう。これは、(責任はともかく)「ちゃんとしたものを作らなければ、作業をした意味がない」と日本人が考える傾向が強いからと思われる。その間に多少の契約外作業があってもやってしまうことが多い。

 しかし海外のベンダーは、「ユーザーの成功」よりも「契約を全うすること」を大切にする。

 間違っている要件定義書を修正することは契約外の作業だし、「これは間違っているから正しく解釈して開発しよう」などという考えは「契約違反」になると考える。もちろん、全てのオフショアベンダーがそうだというわけではないが、こうした傾向が日本よりも強いことは事実だろう。

 オフショア開発が日本に根付いて長い年月がたつが、いまだにトラブルが多々発生している。日本のベンダーやユーザー企業が知らなければいけない「日本でしか通用しない考え方やルール」は、まだまだ多いようだ。

●細川義洋

ITコンサルタント
NECソフトで金融業向け情報システムおよびネットワークシステムの開発・運用に従事した後、日本アイ・ビー・エムでシステム開発・運用の品質向上を中心に、多くのITベンダーおよびITユーザー企業に対するプロセス改善コンサルティング業務を行う。

2007年、世界的にも希少な存在であり、日本国内にも数十名しかいない、IT事件担当の民事調停委員に推薦され着任。現在に至るまで数多くのIT紛争事件の解決に寄与する。


●書籍紹介

本連載が書籍になりました!

成功するシステム開発は裁判に学べ!~契約・要件定義・検収・下請け・著作権・情報漏えいで失敗しないためのハンドブック
細川義洋著 技術評論社 2138円(税込み)
本連載、待望の書籍化。IT訴訟の専門家が難しい判例を分かりやすく読み解き、契約、要件定義、検収から、下請け、著作権、情報漏えいまで、トラブルのポイントやプロジェクト成功への実践ノウハウを丁寧に解説する。

システムを「外注」するときに読む本
細川義洋著 ダイヤモンド社 2138円(税込み)
システム開発に潜む地雷を知り尽くした「トラブル解決請負人」が、大小70以上のトラブルプロジェクトを解決に導いた経験を総動員し、失敗の本質と原因を網羅した7つのストーリーから成功のポイントを導き出す。

プロジェクトの失敗はだれのせい? 紛争解決特別法務室“トッポ―"中林麻衣の事件簿
細川義洋著 技術評論社 1814円(税込み)
紛争の処理を担う特別法務部、通称「トッポ―」の部員である中林麻衣が数多くの問題に当たる中で目の当たりにするプロジェクト失敗の本質、そして成功の極意とは?

「IT専門調停委員」が教える モメないプロジェクト管理77の鉄則
細川義洋著 日本実業出版社 2160円(税込み)
提案見積もり、要件定義、契約、プロジェクト体制、プロジェクト計画と管理、各種開発方式から保守に至るまで、PMが悩み、かつトラブルになりやすい77のトピックを厳選し、現実的なアドバイスを贈る。

なぜ、システム開発は必ずモメるのか?
細川義洋著 日本実業出版社 2160円(税込み)
約7割が失敗するといわれるコンピュータシステムの開発プロジェクト。その最悪の結末であるIT訴訟の事例を参考に、ベンダーvsユーザーのトラブル解決策を、IT案件専門の美人弁護士「塔子」が伝授する。

最終更新:7/19(水) 6:10
@IT