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“TOKYO 2020”に向けて開発が進む8K&HDR技術

7/21(金) 21:01配信

ITmedia LifeStyle

世界の放送技術をリードするNHK、その原動力となっているNHK放送技術研究所で、今年も5月に一般公開(技研公開)が開催された。未来の放送技術として立体放送技術が大々的に押し出された昨年と異なり、今年は2020年の東京オリンピックという明確な目標に向かう発表内容が多く発表された。毎年、技研公開を見てきた麻倉怜士氏は今回の技研公開をどう捉えたのか。まずはスーパーハイビジョンの映像に関する技術や研究を中心にリポートをお届けしよう。

OLEDを使った常識をくつがえす薄さのディスプレイ。わずか2mm

●71回目の技研公開

麻倉氏:今年で71回めのNHK放送技術研究所公開です。今回は地下に放送歴史館歴の史的機材が出展され、テレビ放送の基盤となるビデオテープレコーダー(VTR)機材が、2インチ、1インチ、1/2インチ、デジタル、ハイビジョンと進化する流れが見られました。

 このように毎年5月下旬に放送にまつわる最先端のテクノロジーが披露されるわけですが、日本をはじめとした全世界の放送の基盤を作ってゆくというところが技研のミッションです。

――テレビ受像機や放送カメラといった華やかな映像製品を支える技術の多くは、ここ砧の基礎研究によって生まれました。技研発の放送技術が、世界中の人々の記録と記憶を紡ぐこと数知れず、というところでしょうか。

麻倉氏:現状はこれまで作ってきたフォーマットが実用化寸前です。スーパーハイビジョン(SHV)のスペックはほとんど完成しており、これからはより実用化精度と完成度を上げるというフェーズに入りました。今年の展示は3本柱で構成されていまして、メインステージではAI、VR、AR、IoTといった現代のバズワードが踊り、これらを取り入れた映像情報の効率化して的確に届けるという点に心血が注がれていました。これが今回のテーマの1つめ。2つめは2020年の東京オリンピック/パラリンピックに向けたスポーツ関連の映像テクノロジー、番組制作の開発で、それらに対する新しい切り口があちこちで見られました。そして3つめはSHVをベースに立体テレビへというもので、立体テレビそのものの改善、ストレージメディア、伝送メディアの開発が繰り広げられていました。

――これまでと比べて明らかに“TOKYO 2020”を意識したものが多かったように感じます。全体で大きな目標へ向かおうとしているみたいでした

麻倉氏:これまでの技研公開はテクノロジーが主体で、新方式の開発および実用化がメイントピックであり、ミッションでした。これがだんだん広がってきて、放送全般に関わる「作る、届ける、見る」という全プロセスにおいて、革新的なことをやろうというところが今回は目立っていました。特に顕著だったのは実用化とアプリケーションでしょう。そうはいっても私としてはやはりハードが気になります。まずはこの観点のお話からしたいと思います。

 今回、SHVは“フルスペック”が強調されていたことが印象的です。これ自体の展示は数年前からありましたが、従来は全て(のスペック)が完全にそろったSHVというのは、実はなかなかありませんでした。今回は映像撮影、編集、伝送、上映と、今回は上から下までフルスペックでやるという流れが顕著に出てきたので、まずはわれわれ視聴者に最も近い上映段でのフルスペックSHVを取り上げましょう。

●JVC 8Kレーザープロジェクター

麻倉氏:技研公開のオープニングは毎年常設ホールでデモムービーが流れていますが、今年はこのムービーが300インチの実験用スクリーンでの上映に移動しました。投影機材JVC製の特製8Kレーザープロジェクターで、これ自体は2015年に展示をしていたものと基本的に同じです。

 このプロジェクターの特筆すべき点は“最も色域が広い”という点でしょう。私のリファレンス機でもある「DLA-Z1」などの民生機は青以外を蛍光体で出すため、レーザー光はそこで遮断されます。ですがこれはRGBの3原色を直接レーザー発光していて、BT.2020比はおそらく100%といっていいでしょう。スペックを見ると、解像度8K、色域BT.2020、フレーム周波数120Hz、階調12bit、HDR(HLG)と、“フルスペック”の要件が全てそろっています。

――2階分くらいの高さの壁一面に特大の8K映像が映し出され、それを10m前後の距離で浴びるように観ました。「これぞ8K!」という映像体験に引き込まれる、見事な“つかみ”でしたね

麻倉氏:特に今回強調されたのが“120Hz”というフレーム周波数です。高解像度の大画面になると60Hzではブレが出て動きボケになってしまいますが、120Hzではこれがピタリと止まります。約6分の映像クリップのうち半分がダンス映像で構成されており、その効果はとても顕著なものでした。このデモンストレーションはとても“鮮やか”で、ダンスの動きだけでなく布の質感もよく出ており、途中でダンサーが増えてRGB各色の衣装にYが加わって色効果もよく確認できました。120Hz、12bit、HDRの精細感、動きに対する解像間の高さというところがとても鮮やかに見えたプレゼンテーションでした。

●薄型130インチ8K OLED

麻倉氏:次は0.9mm厚のLGディスプレイ製65インチ4Kパネルを4枚並べた“薄型130インチ8K OLED”です。実際には構造物が1mm入るので約2mm厚ですが、それでも常識破りの超薄いシート型130インチ8Kディスプレイには驚かされます。

 同じようなものは昨年も展示されていましたが、LGディスプレイ自身の進化もあり、今年は120HzとHDRに対応しました。色域のBT.2020にはもう一歩達していませんが、着実に進化しています。私の印象からすると、確かにコントラストが上がっていて、前面パネルのグレア率も向上しているのではと感じました。その反射も加わって、非常にシッカリとした解像感がありました。

――LGディスプレイのシート型OLEDは何度か見ていますが、あの大画面と薄さには「明らかに時代が違うぞ!」という“未来感”があります。何というか、薄い画面に映る鮮やかな映像が、未知の体験に対する夢をかき立てます

麻倉氏:OLEDがスゴいと思うのは「どんなに薄くとも画質は同じ」というところです。今LGエレクトロニクスはOLEDテレビを6機種出していますが、実は価格が相当違っても画質は同じなんです。これはつまりパネルは全く同じで、付加価値の部分で価格的なグレーディングをしているということです。なので今回のような、ものすごく薄いパネルを4枚使ったとしても、画質の均一性は非常に高いわけです。

●OLEDの改良

麻倉氏:OLED自体の進化に関する展示もありました。一般的には回路層の下に発光層を成形しますが、これを逆構造にした“トップエミッション方式”への試みです。

――イメージセンサーに裏面反射という技術がありますが、これの出力版のようなイメージですね

麻倉氏:BT.2020の色域は緑が広くとられており、これを充分に出すのは難しかったのですが、トップエミッションでは発光層の前の障害物がなくなるために色純度の高い緑発光が可能となり、緑の発光効率がBT.2020比で95%程度にまで近づきました。

 これが難しいのは製造工程の複雑化による歩留まりの問題です。加えてトップエミッションでは光の方向が狭まって視野角が出てしまいます。

――自発光なのに視野角……

麻倉氏:RGBの多層構造の中から光が出るため、距離の関係で、光の出方が不均一になるのです。光の出方の制御がかなり難しいので、ここをどうするかというのが大きな課題となるでしょう。ですが物理的にはメリットがあるので、今後の展開を注視していきたいです。

●QLED

麻倉氏:デバイス関連の研究でもう1つ「環境に配慮した量子ドット素子」というパネル展示も見逃せません。今はOLED、つまり有機ELが盛んですが、業界が次を見据えているのはQLED、つまり量子ドット(Quantam Dot)LED。これは特定の原子に光が当たると波長が変わるという量子力学の現象を利用した、光の入力波長を変換して出力するという技術です。

――日本では製品展開されていませんが、ワールドワイドではサムスンが液晶テレビの分野で幅を利かせています

麻倉氏:それはQLEDといいますが、マーケティング用語で、単なるLEDバックライトのQD液晶テレビです。それはともかく、本物のQLEDは自発光という大きな特徴があります。自発光で純度の高い色を出せる層を持ったデバイスというのが現在の段階で、QD素材自体は無機ですが、そこ以外は有機素材という、“有無”を言わせぬハイブリッド構造です。これの問題は素材にカドミウムを使っていることで、イタイイタイ病などで知られる通り、毒性が高い物質なので量産品には使えません。

 今回の研究で試されたのはZAIS(スズ、亜鉛、イリジウム、硫黄)という混合素材です。確かに3原色は出ていたのですが、残念ながら比較対象として置かれていたカドミウム型の方が明らかに良い発色でした。それは研究チームも理解していて、今後はこのZAISをメインに色純度と効率をいかに上げるかが研究課題になると話していました。

 ですがこの方式にはひとつ、“作り方が印刷方式”という大きな注目点があります。JOLEDが印刷方式で21型のOLED量産に成功したため、時期的にもちょうど良いですね。オリンピック後の時代は、このQOLEDが大本命のデバイスになることが期待されます。

●シャープの70インチ8Kディスプレイも

麻倉氏:家庭向けディスプレイの民生品としては、シャープの70インチ8Kがありました。まだまだ高価ながら、従来の85インチと比べれば随分とマシな価格になってきました。

――とはいってもまだ高級車くらいの価格ですから、おいそれと買えるものではないですか。まあ従来の1000万円オーバーと比べると一桁落ちたのは確かに大きな前進です

麻倉氏:シャープの意見としては、アレをきっかけに開発を進め、2018年12月の本放送前にはアフォーダブルなものを作りたいとのことです。もちろんチューナー内蔵モデルで。そういう意味では送りから上映までの大きな流れが出てきていたといえます。家電量販店に8Kの文字が踊る日もそう遠くはない、でしょうか。画質も上がっています。以前の85インチは、暗部階調にくせがありましたが、新しい70型はかなり素直な特性になりました。

●アストロデザインのコンパクト単板カメラ

麻倉氏:ここからはカメラの話をしましょう。制作セクションには日立国際電気のフルスペックRGB 3板カメラと、アストロデザインのコンパクト単板カメラがありました。この中でアストロデザインの新製品が“インターライン方式”という面白い撮像方式をとっていました。

――インターライン? インターレース方式とは別物なんでしょうか

麻倉氏:走査線をひとつおきに走らせることで、帯域が狭い中で情報を伝えるという方式です。大きな特徴は映像信号を加算せずに出力段の信号処理で補間するということで、A画面とB画面を加算して画を出すインターレースとはちょっと異なります。フレームを間引くことでデータ量を減らしており、フルスペックではないながらもコンパクトなデュアルグリーン8Kの映像が撮れるのが利点です。

 展示スペースを眺めてみると、フルスペックの大型カメラからインターラインの小型カメラまで、ラインアップが随分と豊かになったと感じます。どのカメラも8KとHDRという高色域を備えていて、放送に耐えうる映像クオリティーを出すのが良いですね。各家庭に届けるのは来年からの高度BS実用放送で、展示はそれをB2Bの視点から見たものでした。

●8Kカムコーダー

麻倉氏:これらのカメラは撮影と録画が別筐体(きょうたい)の業務モデル、いわゆるカメラヘッドですが、今回の技研公開には一体化した8Kカムコーダーに関する展示もありました。

――民生機は一般的にこちらですね。カメラにSDスロットなどの記録媒体が内蔵されているものというと、一般の方も分かりやすいと思います。

麻倉氏:南極のバクテリアをテーマにNHKが「アンタルクティカ」を作った時に、米REDの小型8Kカメラ「HELIUM」を使いました。日本は小型カメラで遅れを取っていた格好ですが、今回8Kカムコーダーのプロトタイプが提案されていました。内容はJVCの4Kカムコーダーのレコーダー部をそのまま使って4連結させるという力技です。現状はSDカードレコーダー部とカメラヘッド部が分離していて、各々の技術を確立している途中です。

 性能的には各パート100分撮影可能で、現状はAVC圧縮ですが、コーデックをHEVCにすると倍は撮影できるでしょう。すぐ出てくるわけではないですが、近い将来に一体型に進化する見込みです。8Kはまだまだ特別な存在でカメラも大柄ですが、今の4Kと同じような手軽さでできれば「同じ撮るなら8K撮影で、後から4Kにダウンコンバートしよう」という流れになることが想像できますね。

 今回は展示されませんでしたが、技研と日本メーカーとのコラボで、次世代の8Kカメラが現在開発中ということです。それも楽しみですね。

●SDR用電子アイリス

麻倉氏:今度はHDRに関する提案です。現在、NHKでは試験放送チーム(8K HDR)と一般放送チーム(2K SDR)が別々に制作をしていて、例えば大相撲のような同じ現場の映像でも、2チームが別々に動いています。これはいろいろな面で大変ですね。高度BSが始まる来年からはHDRがメインになりますが、しばらくはSDRで見る人が圧倒的に多いわけで、どうにか一体運用が必要です。さて、制作はどっちをメインにしたら良いでしょうか? 今回の技研公開ではHDRをメインに据えてセットアップしたシステムに、SDR用の電子絞りを組み込んだものを提案していました。

 SDRはHDRと比べると露出設定がシビアで、例えば“暗い部屋に明るい窓”というお決まりの画の場合、どっちもしっかり撮るHDRの設定をそのままSDRに使うと、露出は間違いなく破綻します。同じように昼間のサッカースタジアムでは、影に合わせると日向がトびます。これではダメで、従来はゲームが繰り広げられるピッチを拾い、影に入った観客席を泣く泣く諦めていました。

 ですがHDRが普及してくると、HDRの露出は動かさず、SDR向けの最適露出を現場判断でやるのが合理的だろうということに気付き始めました。しかしドラマや映画などのRAWからグレーディングできるポスプロ映像なら良いですが、ライブ中継ではそうも言っていられません。これを解決するのがHDRとSDRの一体制作カメラに搭載される電子絞りシステムです。

――機械絞りとは別に電子絞りで露出データを制御し、HDR用とSDR用のそれぞれの露出を撮影現場で作ってしまう、という思想ですね。ポスプロ作業も必要ないですし、何より現場の画を見ている人が制御できるというのが良いです

麻倉氏:これからは一体制作が一般的になると見込まれます。そんな時代に1台のカメラでHDR、SDRのどちらにも最適な映像を撮る、大きな提案だと感じました。

●大画面と8Kのカンケイ

麻倉氏:研究発表に面白いものがあったので、是非ご紹介したいと思います。私のAVライフでも度々体感してきたことですが、コンテンツと画面の大きさとシステムの間には一定の関係があり、どんなコンテンツをどのくらいの視野角で見るかということはとても重要です。実際のところ、4Kでかなり満足をしているユーザーが多い現状において「8Kならでは」「8Kでなければ」というコンテンツや観え方をきちっと提案できないと、8Kの成功はありません。

――これは4Kの時も言われていたことですが、単純なスペックアップでは新しい価値として認識されなくなっているということですね。従来とは全く違う価値の提示が求められていると

麻倉氏:そういう価値を提示する1つの可能性として「大画面での視聴が好まれるコンテンツの特徴」というパネル展示を紹介しましょう。SHVやHDRなど、新システムや方式が開発される時、技研では必ず一般人による試験をします。今回紹介するのは“8Kの広視野視聴環境に適した映像を制作するために”ということで、約40人の一般視聴者を対象に調査したものです。

 1.5H(4K)、0.75H(8K)それぞれの視野角で、なおかつ20インチくらいの小サイズ、50インチくらいの中サイズ、85インチの大サイズ(フル画面)の3種類に分けて、合計44種類の映像を見てもらい、その感想を分類するという実験をしました。映像の内容は巻き貝のアップや電車の走行シーン、富士山の遠景や花火などです。その結果、山、海、雲、空港、寺院の遠景、京都の街並みなど、元が広い視野の広角映像は広く観たいというインプレッションが多く集まりました。

 逆に人物のアップ、日舞のアップ、スケートボードの近接撮影、人力車を大写しにした街並みなど、拡大映像のようなクローズアップした映像はあまり大画面で観続けたくはないという回答が多数を占めました。特に巻き貝の穴のクローズアップ映像は大画面に対しての相性が悪かったのですが、これは全体像が気になるため、大画面を嫌うのだろうと分析できます。

――拡大鏡のような映像は、インパクトが大きい反面、刺激が強すぎて長時間は疲れるということですね。こういった画は文章における疑問符(?)や感嘆符(!)といった記号と同じで、ワンポイントで効果的に用いることが重要であり、多用しすぎると映像作品として破綻する可能性がある。これはなかなか重要な発見です

麻倉氏:画角を持って自然をゆったりと撮った映像や、ごちゃごちゃした情報がない映像、あるいはできるだけ大きな映像は、大画面と相性が良い。これはAV愛好家が体感的に会得してきたことですが、このように理論として分析されたということが大変意義深いですね。中景も含めてディテールがしっかり出ている映像はあまり大画面で観続けたくない、ということも貴重な発見です。映像制作はもちろん、撮影カメラマンの立場から、8Kのメリットが出る現場でのメソッドとして役立てられれば良いなと感じました。

――次回は音声や制作、立体映像に関する技術などを中心に深掘りします。

最終更新:7/21(金) 21:01
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