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追悼、日野原重明さん…黒岩神奈川県知事が語る「知られざるエピソード」

7/21(金) 18:30配信

ホウドウキョク

人間ドックを考案…ほか様々な功績が

日本に予防医療を普及させた日野原重明さんが、18日、105歳で亡くなった。

家庭に血圧計を普及させ、人間ドックを考案し、「成人病」と呼ばれていた高血圧や高脂血症を「生活習慣病」と改名した日野原さん。終末期医療にも力を入れ、「後期高齢者」という呼び方を嫌って「新老人」と名付けた。

日野原さんの訃報(7/18)

筆者は最近、終末期医療について取材を始め、日野原さんへインタビューしようと思っていた矢先の訃報に愕然とした。

しかし「報道2001」のディレクター時代に、キャスターだった黒岩祐治さん(現神奈川県知事)が日野原さんと懇意にしていたことを思い出し、日野原さんの功績や人柄を語ってもらった。

ーー黒岩知事は、日野原さんと長い付き合いですよね。

黒岩知事:
平成元年、28年前ですが、当時私は『FNNスーパータイム』の土日のキャスターをやっていました。番組では救急医療キャンペーンとして、救急車に医療がないのはおかしいじゃないかと訴えていましたが、当時医師会は絶対反対で、救急車に乗っているのは消防士じゃないかと、消防士に医療行為をさせるのは医師法違反だと。

これを突破するのはなかなか容易じゃないなと思っているときに、いろいろな識者にインタビューした中の1人が日野原重明先生でした。日野原さんの答えは実に明快でした。医者というものは技術をどんどん人に譲るべきだと。新しいものにどんどん挑戦するのが医者であると。だから救急車に医者が乗れるならいいけど、乗れないなら自分たちが教えて譲っていけばいいじゃないかと。凄く開明的な先生だなと思いました。

日野原さんとはそれがきっかけで、その後『感動の看護婦最前線』(※)という番組を始める際に、聖路加看護大学の理事長だった日野原さんに出演してもらおうと。日野原さんは快諾してくださって、スタジオのコメンテーターとして番組に参加してくださいました。
(※)フジテレビで92年から放送した医療ドキュメンタリーシリーズ。民間放送連盟賞を受賞。
ーー日野原さんは予防医療の普及に尽力されました。血圧測定が医療行為とみなされ、家庭で血圧を測ることができなかった当時、厚生省と交渉し血圧測定を認めさせました。神奈川県は『未病』改善に取り組んでいますが、日野原さんからの影響もありましたか?

黒岩知事:
日野原先生は多くのことにチャレンジされましたね。「成人病」といっていたのを「生活習慣病」に名前を変えられた。名前は非常に大事で、成人病と名付けると、成人になったら仕方ない病気なのかなというイメージになります。そうではなくて原因は生活習慣にあるということを皆さんに知らしめることが大事だと、日野原さんは生活習慣病という言い方をされました。病気になってから治療して治すのではなく、生活習慣から改善しないといけないよというメッセージですね。

いま神奈川県では「未病」として改善することが大事だと、そのために健康寿命を延ばすことが大事だと取り組んでいます。日野原先生の想いがつながっているということですね。

ーー人間ドックを発案したのも日野原さんですね。

黒岩知事:
病気になったら病院に行って、どれだけ悪い状態かデータを調べて、それから治療するというのが医療の世界でした。しかし人間ドックは、病気でない人が健診を受けて、異常を早期に発見する。これを広めていかれたのも日野原さんですね。

神奈川県では、ウエアラブル端末やセンサーによって得られるビックデータを、人工知能で処理し「見える化」するという「未病」改善を進めています。これは「ニューフロンティア」という取り組みですけど、原点はすべて日野原さんにあると思います。

ーー日野原さんは終末期医療にも力を入れてきました。

黒岩知事:
日野原さんが力を入れたのは、独立型ホスピス(※)です。神奈川県に作られて、普及にずいぶん尽力されました。日野原さんは、人間の最期はチューブにつながれ、医者は延命のために全力をそそぐというので本当にいいのか、最期は皆にありがとうと言いながら去っていくことが必要なんじゃないか、と訴えってきました。最期はいのちが輝くということだと教えてくださったのです。
(※)がんで積極的な治療の効果が見込めない患者に、質の高いケアと療養に適した生活の場を提供する病棟

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最終更新:7/21(金) 18:30
ホウドウキョク