ここから本文です

【高校野球】2度目の夏切符目指した埼玉“公立の雄”16強で散る 誓う捲土重来

7/21(金) 18:03配信

Full-Count

大宮東が叡明に逆転負け、ベスト16で散る

 第99回全国高校野球選手権埼玉大会第11日は21日、県営大宮公園など3球場で5回戦8試合が行われ、ベスト8が出そろった。昨夏、公立勢として唯一準決勝に進んだ大宮東は、叡明に2-5で逆転負けした。

 大宮東といえば、1980年代後半から90年代にかけて強力打線が猛威を振るった。7試合で19本を量産した1大会最多本塁打をはじめ、中日入りした山口幸司が樹立した連続試合本塁打6本、西武時代に日本シリーズで活躍した平尾博司の個人1試合最多本塁打3本は、いずれも埼玉県記録だ。

 今夏は鷲宮との3回戦こそ競り合ったが、初戦の2回戦と4回戦をいずれもコールド勝ちし、強打健在を印象付けた。ところがこの日は、看板打線が中盤以降に沈黙。5回から継投した叡明の2番手・岩木洋平(3年)に5イニングを無安打に封じられた。

 1回1死二塁から辻大誠(3年)の右前打で先制。2回には下位打線の連打と死球で無死満塁としたが、1番・風間裕介(3年)が二ゴロ併殺、この間に奪った1点に終わった。河西竜太監督は何度も何度も2回の場面を振り返っては悔やんだ。

「大きな流れを引き寄せる最大のポイントだったのに、勝機を手放してしまったのは私の責任。しっかり我慢していた向こうに流れがいった」と野太い声で敗因を挙げた。

河西監督「やはりうちのカラーは強力打線。必ず復活させたい」

 2、3回はともに内野手の失策から失点し追い付かれた。7回だ。1年生の夏から背番号1を付けてきたエース右腕の菅原隆史(3年)が痛打される。投球数が100球を超えたあたりだ。2死二塁から中前打と左中間三塁打で痛恨の2失点。河西監督は、90年の第72回全国選手権に2年生で2番・二塁手として出場。大宮東としても春夏通じて初の甲子園だった。1学年先輩には近鉄のリーグ優勝を決める、代打逆転サヨナラ満塁本塁打で時の人になった北川博敏がいた。

 2011年春、母校に着任すると13年秋に監督に就任。大宮東の魂を注入することに心血を注いだ。低迷期もあったが、14年夏と昨夏に4強入りと名門復活の鼓動が聞こえてきた。ここ数年、埼玉の甲子園代表校は花咲徳栄や浦和学院、春日部共栄といった私学勢の寡占状態が長らく続くだけに、公立の雄として今夏は『我慢の夏』をテーマに2度目の甲子園を目指していた。

「大宮東が魂を燃やし私学と戦っている姿に感動してここを選んだ」という主将の緒方康貴(3年)は、悔しさを抑えながら「2番手は好投手だったけど、自分たちが未完成だから負けた。あと1本、あと少し足りなかった」と声を絞り出した。

 かの長嶋茂雄は佐倉一高時代、県営大宮公園球場で特大本塁打を放った。強打で鳴らした往時の大宮東もこの球場で本塁打を打ちまくった。高校生だった河西監督の目にはこの光景が焼きついている。「基本は総合的な守備ですが、やはりうちのカラーは強力打線。必ず復活させたい」と捲土重来を口にした。

河野正●文 text by Tadashi Kawano

最終更新:7/21(金) 18:05
Full-Count