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牧久さんが国鉄解体を通して見た、今よりモノが言い合えた元気だった昭和

7/22(土) 11:06配信

スポーツ報知

「昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実」

 日本国有鉄道(国鉄)の分割・民営化によってJR各社が発足して今年で30年。新聞記者時代から国鉄を取材し、今もジャーナリストとしてJRを追い続けている牧久さん(76)が節目の年に出版した「昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実」(講談社、2700円)が好評だ。当事者へのインタビューで得た重大証言と豊富な発掘資料で、国鉄崩壊までの全体像を浮き彫りにした500ページ超のノンフィクション。国鉄解体を通じて「戦後昭和」という一時代を見事に描き出している。(甲斐 毅彦)

 薄くて読みやすい本が好まれるこのご時世に、500ページ超のズシリとした重厚な一冊は、まさに昭和のたたずまいを感じさせる。逆張りとも言える骨太なノンフィクションだが、ネット上では「国鉄を検証するに相応しい一冊」「人間ドラマとしても興味深い」「公正に書かれた国鉄解体の正史だ」などの意見もみられ、評判はすこぶる良い。

 「平成に入ってバブル経済がはじけて、格差社会になり、就職氷河期になっても若者がモノを言わなくなってしまった。我々が現役だった昭和って、もうちょっと元気があってケンカができた。今よりはモノが言い合えた時代だったと(読者は)再確認できたんだと思います。昭和ってそういう時代だったね、と懐かしんでくれる人がものすごく多いです」

構図の複雑さは「応仁の乱」に匹敵

 終戦から4年後の1949年に国の公共企業体として発足した国鉄が初めて単年度赤字に転落した64年は、東京五輪が開催された年。牧さんはこの年に日本経済新聞社に入社した。社会部に配属され、都庁担当から国鉄担当に配置換えになったのが68年。繰り越し利益を前年度で食いつぶした国鉄が累積赤字に陥り、泥沼の経営悪化が進み始めた時期と重なる。国鉄から5万人合理化計画の提案を受けた労組は、当局に対して徹底抗戦に出る。

 「私がときわクラブ(国鉄記者クラブ)に常駐したのは、国鉄史上最長最大と言われる労使の“死闘”の真っ最中でした。国鉄が崩壊に向けて走り始めた時期。一時、圧倒的に組合が力を持ってしまう時期があったわけですが、労使関係というのは、どちらかが圧倒的に勝ってもうまくいかないんですよ。会社は働いている人の立場を、組合は会社の立場を分かるようでないと」

 発足当初60万人の人員を擁した戦後日本の巨大組織の体質は「親方日の丸」そのものだった。その一方で戦後の民主化政策によって生まれた強大な労働組合を抱え込んでいく。経営に介入する政治家と経営陣の確執、経営陣と組合のせめぎ合い、経営内部での派閥抗争、憎しみが憎しみを呼ぶ組合同士のぶつかり合い。改革派の「三人組」(井手正敬、松田昌士、葛西敬之)が登場して、分割・民営化への道筋が見えてくるまでの登場人物の構図の複雑さは、今年のベストセラー「応仁の乱」(呉座勇一著、中公新書)に匹敵するほどだ。しかし、根気よく読み込めば、改革へと向かう時に組織が直面することは時代が変わっても同じであることに気がつく。現代の組織の中で生きる人にとって、くみ尽くせぬほどの示唆に富んでいる。

 「組合が順法闘争(法規に違反せず業務能率を低下させる労組の戦術)でダイヤを乱したり、ストで電車を止めていた頃の国鉄は、乗客をまったく無視していました。民営化によって乗客のことを考えないと経営が持たないというマインドが出てきたのは良かったと思います。かつてはなかった駅ナカのような商業施設もできたし、トイレもきれいになった。ただ、本州3社(東日本、西日本、東海)は民営化から短期間で上場し利益が出ていますが、JR四国やJR北海道などは今も赤字続き。改革はまだ道半ばなんです」

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最終更新:7/22(土) 11:06
スポーツ報知