ここから本文です

「先生、ありがとうございます」 人間国宝認定の比嘉聰さん、仏前に感謝 珠玉の響き「師の教え実践」

7/22(土) 13:10配信

沖縄タイムス

 「先生、ありがとうございます」。組踊音楽太鼓で人間国宝に認定される比嘉聰さん(65)は21日、琉球伝統芸能と太鼓の道へ導いてくれた師匠、那覇市久米の故島袋光史さん宅の仏前に手を合わせ、喜びと感謝の気持ちを報告した。「立方の気持ちを大切に組踊を演じ、これからも技を磨いていく」との決意を新たにした。

 比嘉さんと琉球古典音楽との出合いは琉球大学に入学した19歳のころ。学内で流れる三線の音に引かれ、郷土芸能研究クラブの門をたたいた。在学中に太鼓を島袋光史さん、歌三線を棚原忠徳さんにそれぞれ師事し、本格的に修行を始めた。「本当に好きで、三線と太鼓にのめり込んだ」と振り返る。

 卒業後は民間会社に勤めながら、現県立芸大学長の比嘉康春さん、故中村司さんとトリオで演奏活動をするうちに「自然に太鼓に回った」。組踊は1979年の「万歳敵討」が初舞台で、締太鼓と大太鼓のみで緩急を表現する太鼓の魅力に取り付かれた。

 「手数を多く打つのは楽だが、太鼓は間が大事」が信条だ。「打たない部分があるからこそ打つ所が生きてくる」と語った師の教えをかたくなに守る。

 曲趣を的確にとらえ、端正で抑制のきいた演奏が評価された。実演家の側面だけでなく、県立芸術大学教授として太鼓と歌三線を指導、国立劇場おきなわの組踊研修講師を務めて後進の育成に力を注ぐ面も評価された。謙虚で律義、気配りの人とも称される。

 「太鼓をメインでやっている人は少ない」と現状を説明した上で、「太鼓を一つのジャンルとして認めさせたい」と力を込める。

 「演じた後で『これこそ光史流の太鼓だ』と言われることに喜びを感じる」と話す。「光史先生がいなければ今の自分はない。心で打ちなさい、という教えをこれからも実践したい」と誓いを立てた。

最終更新:7/23(日) 13:20
沖縄タイムス