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二俣和紙に後継者 金沢の齊藤さん、祖父の工房で修業

7/22(土) 2:31配信

北國新聞社

 金沢市二俣町の希少伝統工芸品「二俣和紙」に待ちに待った後継者が現れた。齊藤杏(きょう)さん(26)が4月から祖父博さん(78)のもとで修業を始めている。最盛期の二俣には和紙すき職人が約300人いたとされるが、現在は3軒の工房に5人が従事するのみとなった。かつては加賀藩の公文書にも使われた由緒ある和紙の伝統を守ろうと、齊藤さんは奮闘している。

 京都で接客の仕事をしていた齊藤さんは昨年4月、博さんが病気を患ったのをきっかけに「自分が後を継がなければならない」と金沢に戻ることを決心し、博さんの工房で今春から働いている。工房は2人のほか、齊藤さんの父研さん(56)も農業の傍ら手伝っている。

 二俣和紙は、優れた耐久性と柔らかな質感が特長。17世紀後半には越前鳥子(とりのこ)紙(がみ)と並んで最上質の紙とされ、加賀藩は幕府に提出する公文書に採用し、「加(か)賀(が)奉書(ほうしょ)」の名で呼ばれた。

 二俣は県内の和紙づくりをけん引してきたが、紙製造の機械化が進み、博さんが紙すきを始めた約50年前に30軒以上あった工房は次々と廃業し、後継者の育成が課題となっていた。

 金沢市は二俣和紙をはじめ加賀友禅、金沢箔(はく)など市内の伝統産業を守るため、若い担い手に奨励金を交付している。齊藤さんも、現役の二俣和紙職人として唯一、金沢市伝統産業貢献者表彰を受けている博さんの推薦で交付が決まり、今年度から毎月12万円が3年間支給される。

 齊藤さんは、和紙の原料となるコウゾの皮を剥がしたり、出来上がった和紙を鉄板の上で乾かしたりする基礎を博さんから少しずつ教わっている。博さんは「和紙は、なくなってはならないもの。しっかりと教えていきたい」と話した。

 齊藤さんは修業に入る前、金沢市の和紙専門問屋で学んだことから、新商品開発にも関心があり、防水性に優れた二俣和紙のコースターを考案した。齊藤さんは「慣れ親しんだ二俣和紙が途絶えるのはもったいない。女性の視点も取り入れ早く一人前になって魅力を広めていきたい」と意気込んだ。

北國新聞社

最終更新:7/22(土) 2:31
北國新聞社

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