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《高校野球群馬大会・白球の詩》野球教えた兄2人の思い背負う 吉井・有賀勁太主将

7/23(日) 6:01配信

上毛新聞

 回が進むごとにマウンド上での呼吸は荒く、上下する肩の動きは激しくなっていた。試合前から違和感のあった左足は力が入らない。それでも主戦として懸命に腕を振り、主将として仲間を励まし続けた。

◎完全燃焼で恩返し

 「自分の力を出し切る」との決意で大会に臨んでいた。それは自分や仲間のため、そして野球を教えくれた兄の椋平さん(26)、翔平さん(24)への恩返しのためでもあった。

 小学生の時、兄2人はすでに高校球児。3年から野球を始め、桐生第一の投手だった翔平さんと同じ道を選んだ。それからは吉井で主軸を務めた椋平さんが打撃、翔平さんが投球の先生となった。「悪いところを指摘し、相談相手になってくれる」。優しく頼れる存在だった。

 昨年、主将に選ばれた当初、なかなかチームをまとめられず苦しんだ時も翔平さんが「それなら自分が前に出て周りを引っ張れ」と励ましてくれた。今まで以上に大きな声を出し、全力で走ることを心掛けるうち、徐々にチームがまとまっていくのを感じた。

 自宅では椋平さんが「兄弟の中で一番努力し、誰より野球好きなのはあいつ(勁太)」と断言するほど、夜遅くまで筋力トレーニングや投球フォームの改良に没頭し、技術を磨いた。兄2人も試合の映像を見て気付いた点を教えてくれた。

 迎えた最後の夏。翔平さんから「俺らの分まで勝ってくれ」と声を掛けられた。翔平さんは膝の骨折で大会に出られず、椋平さんも急病で大会直前まで入院し、出場は代打の1打席だけだったからだ。「力を出し切れず悔しかったと思う。2人の分まで出し切ろう」と決意した。

 ベスト8を懸けた、この日の農大二戦。強力打線を相手に制球が定まらず、毎回のようにランナーを背負いながらも「仲間を信じ、気持ちで投げた」。五回途中でレフトに下がったが、六回途中から再びマウンドに戻り、九回1死まで力を振り絞って投げた。

 打撃では初回の2塁打、六回には適時打を放ち計3打点を挙げ、常に反撃の先頭に立った。最終九回。レフトフライに倒れ、自身はチャンスメークできなかったものの、ベンチ最前列で「一本、一本」「いいぞ」と声を掛け続けた。

 スタンドから見守った椋平さんは「いつまでも子どもと思っていたけど本当に大きく成長した。自分が1パーセントでも力になれたのなら満足」と頼もしい弟の姿に目を細めた。

 8強入りはならなかった。試合後、後輩への思いを問われた一瞬だけ目に涙が浮かんだ。だが、それ以外は常に胸を張り「最後まで諦めずにできた。自分の中では全部出し切れた」。兄2人の分まで完全燃焼した証しだった。(西山健太郎)

最終更新:7/23(日) 6:01
上毛新聞

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