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原発事故でとり残された猫「マメ」 東京に引き取られ、安らかに暮らす

7/23(日) 10:00配信

sippo

住民がいなくなった村で

「僕が初めて福島県相馬郡の飯館村を訪れたのは2011年の11月。東日本大震災から8カ月ほどたった頃です。飯館村には約200頭の犬と約400頭の猫が取り残されて、飼い主の帰りを待っていました」

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 カメラマンの上村雄高さん(46歳)はそう話す。

 猫好きで猫を主な被写体としてきたが、2011年の東日本大震災を機に、ジャーナリスティックな撮影を開始。被災地に残されたペットの存在を知った12年以降は、動物たちの撮影をライフワークとし、自宅のある東京都国立市から、避難指示区域に指定され、住民のいなくなった飯館村まで、車で片道4時間半~5時間の道のりを何度となく往復し、ブログや写真展等で現状を伝えてきた。

「実は、最初は放射能への恐怖から飯館村に通うことは考えていませんでした。でも、人の訪問に歓喜したり、貪るようにフードを頬張る犬猫の姿を見て、自然と足が向くようになりました。飯館村で初めて会ったのが、茶トラ猫のマメ(出会った当初は推定12、3歳)。人懐こい猫で、会うたびに出迎えてくれる。そのマメを通して、現地の犬や猫の幸せについて、考えるようになりました」

元飼い主の男性の思い

 上村さんは、マメに会った当初は「こんなに人懐こい子がひとりで暮らすのはかわいそうだ。すぐに保護したい」と考えた。

 だが、何度目かの訪問で、飼い主の男性(当時83歳)と出会って、考えが変わった。男性は松川町の仮設住宅に住み、数日に一度、山を超えて原付きバイクでマメに会いにきていたのだ。

「『マメに会うために一時帰宅するのが唯一の楽しみ(生きがい)』『オレがいくとマメは途中まで迎えに来るので、なごい(なつこいの意味の方言)』と男性は言い、マメも男性のそばをずっと離れない……。それを見て、外から来た自分の基準で、現地の犬猫の幸せを判断してはダメなんだ、と考えさせられました」

 マメは男性が家の床下に掘った「穴」を通って、家の中と外を自由に出入りしていた。去勢手術も受けていた。その地域では、犬や猫の繁殖管理まではしない飼い主も多かったようだが、男性は「まだマメが若い頃に率先して去勢をしたんだよ」と話したという。

 被災直後から、動物保護団体もマメを含め、被災地に残された犬や猫を見守ってきた。マメもそんな中で1年、2年とたくましく生きてきたが、3年半たったころに異変が起きた。頭にけがを負ったのだ。他の動物にかまれたような傷だった、と上村さんはいう。

「けがを機に、マメは福島にある『福猫舎』という猫シェルターに保護されました。そのことを知った飼い主の男性は、治った後に表に戻して“またけがをしたら可哀そうだ”とマメを手放すことを決めたのです。誰か可愛がってくれる人がいるなら、自分に代わって面倒を見てほしいと……」

 男性は80代後半になり、病に倒れ、体の自由もきかなくなったのだという。

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最終更新:7/23(日) 10:00
sippo