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アカデミー賞100本レビュー10:9.11の衝撃と日本アニメの大ヒット

7/23(日) 11:31配信

Stereo Sound ONLINE

 1929年、第1回目の授賞式が行なわれたアカデミー賞。同賞の受賞/ノミネート作品は世相を反映することが多いため、その歴史を紐解けば、同時にアメリカがどのような変遷を辿ってきたかが浮かび上がるのではないでしょうか?

受賞/ノミネートをカラーで確認

 そこで、Stereo Sound ONLINEで「映画の交叉点」を連載中の映画評論家・久保田明さんが、これまでアカデミー賞を受賞、もしくはノミネートされた映画の中から国内盤Blu-ray / DVDになっている作品を100本を選択。その時々の時代背景を踏まえつつ、アカデミー作品について語ります。

(Stereo Sound ONLINE 編集部)

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■アメリカ同時多発テロ事件と中東の戦禍

 プレステ2で何かのゲームをしていたときだったのだけれど、あの夜、当時一緒に仕事を進めていたアメリカ在住の友人から混乱した電話がかかってきたことは忘れられない。「TVを見ろ。大変だ!」。

「ニュースステーション」の速報には、煙を上げる高層ビルが映っていた。事故なのか事件なのか、まだ全容がわからないときで、やがて前代未聞の大規模テロ事件であることが判明し、終夜放送がつづけられる。

 映画のようだ。そう思うしかない信じられぬ光景だった。

 米国時間の2001年9月11日、午前8時46分。アラブ系テロリストグループにハイジャックされたアメリカン航空11便が、乗客乗員92名を乗せたままニューヨークの世界貿易センター北棟に突っ込んだ。その17分後にはユナイテッド航空175便が南棟に激突し、ビルは爆発炎上、崩壊する。

 アメリカン航空77便は、午前9時38分、バージニア州アーリントンにあるアメリカ国防総省(ペンタゴン)本庁舎に激突。ワシントンの合衆国議事堂かホワイトハウスを標的にしていたと推測されるユナイテッド航空93便は、事態に気づいた乗客たちの抵抗で地上に墜落した。

 この同時多発テロ事件の実行犯をオサマ=ビン・ラディン率いる国際テロ組織アルカイダと断定したアメリカ政府は、同年10月にイギリスなどの有志連合と共にアフガニスタンに侵攻。アルカイダと繋がるタリバン政権を倒す。

 2003年3月には大量破壊兵器を保持しているとの理由でサダム・フセインが治めるイラクに国連決議を待たずに侵攻するが、破壊兵器は発見されず、世界の警察として各地に兵を送り先制攻撃に踏み切るアメリカの行動は中東地域でいっそうの反発と混乱を招くことになった。

 宣戦布告もなく、国境線もなく、敵も味方もまだら模様に散らばる戦い。ソ連のアフガニスタン侵攻(1978年~89年)時代にはCIAの援助を受けソ連軍と戦ったビン・ラディンは、2011年5月2日、パキスタンに潜伏中だったところを米国海軍特殊部隊ネイヴィ・シールズによって殺害されるが、アルカイダを前身とするイスラム国は2006年ごろから活動を活発化させ、イラクとシリアを中心に支配地を広げて世界各地でテロ活動を行なっている。

 湾岸戦争、アフガニスタン紛争、イラク戦争を背景にした映画には『戦火の勇気』(1996年)、『スリー・キングス』(1999年)、『ジャーヘッド』(2005年)、『ハート・ロッカー』(2008年)、『グリーン・ゾーン』(2010年)、『ゼロ・ダーク・サーティ』(2012年)、『アメリカン・スナイパー』(2014年)、『ドローン・オブ・ウォー』(2014年)などが。9.11を扱った作品には『ワールド・トレード・センター』(2006年)や『ユナイテッド93』(2006年)がある。

 憎しみの連鎖と、いまだ終わりの見えぬ戦い――。マイケル・ムーア監督はドキュメンタリー映画『華氏911』(2004年)で、“テロとの戦い”の陰で莫大な利益を上げ、権力中枢と繋がる米国軍需産業の醜悪さを告発して賛否両論を呼んだ。



【ブラックホーク・ダウン】(2001)
第74回:2002年3月24日授賞式開催
■監督:リドリー・スコット
■出演:ジョシュ・ハートネット/ユアン・マクレガー
■アカデミー賞:
<受賞>
監督賞/撮影賞
<ノミネート>
音響賞/編集賞
種類:Blu-ray
価格:2381円(税別)
販売元:NBCユニバーサル

“死者だけが戦争の終わりを見た”。古代ギリシャの哲学者プラトンのそんな言葉で幕をあける戦争映画。東アフリカのソマリア内戦を鎮めるため介入した米国の軍事作戦(1993年10月3~4日)。撤収まで30分ほどの急襲だったはずが、ヘリコプター2機が撃墜され、民兵との地獄の市街戦が展開する。

SFX監修は『プライベート・ライアン』『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』のニール・コーボールド。150時間に及ぶ撮影素材の編集を手がけたのは『オデッセイ』のピエトロ・スカリア。世界が陽に灼けているカラーグレーディング(色調調整)もすばらしい。およそ90分、間断なくつづく戦闘シーンが近年有数の緊張を呼ぶ。映像派リドリー・スコット監督による傑作。


【チョコレート】(2001)
第74回:2002年3月24日授賞式開催
■監督:マーク・フォースター
■出演:ビリー・ボブ・ソーントン/ハリー・ベリー/ピーター・ボイル
■アカデミー賞:
<受賞>
主演女優賞
<ノミネート>
脚本賞
種類:DVD
価格:4600(税込)
販売元:日活

『トレーニングデイ』でデンゼル・ワシントンが『野のユリ』(1963年)のシドニー・ポワチエ以来38年ぶりに。『チョコレート』でハル・ベリーが史上初めて。第74回アカデミー賞(2002年開催)は、アフリカ系アメリカ人ふたりが主演男女優賞に輝いたメモリアル・イヤーだった。

南部のジョージア州で刑務官を務める男ハンク(ビリー・ボブ・ソーントン)と、夫を死刑で失った女(ベリー)の数奇な出会い。重く苦く、けれども幕切れには小さな希望が灯るドラマである。ハンクの息子役でヒース・レジャーが繊細な演技を披露。加えて強烈な人種差別主義者を演じた名傍役男優ピーター・ボイル(『タクシードライバー』)の発熱も忘れがたい。


【千と千尋の神隠し】(2001)
第75回:2003年3月23日授賞式開催
■監督:宮崎駿
■声の出演:柊瑠美/入野自由
■アカデミー賞:
<受賞>
長編アニメ賞
種類:Blu-ray
価格:6800円(税別)
販売元:ウォルト・ディズニー・ジャパン

アカデミー長篇アニメ賞は2002年開催の第47回から創設された(それまでは一般劇場映画と同じカテゴリーで選出)。2年目の第48回。以前から宮崎駿監督と親交のあったジョン・ラセター(『トイ・ストーリー』演出)の尽力で『千と千尋の神隠し』の北米公開が実現し、『アイス・エイジ』『リロ・アンド・スティッチ』らを退けて栄冠に輝いた。受賞後拡大公開が行なわれ、宮崎監督の名はアメリカでもよく知られるものになる。

長篇アニメ賞は以後『ファインディング・ニモ』『アナと雪の女王』『インサイド・ヘッド』などの人気作に贈られている。


【めぐりあう時間たち】(2002)
第75回:2003年3月23日授賞式開催
■監督:スティーヴン・ダルドリー
■出演:ニコール・キッドマン/ジュリアン・ムーア/メリル・ストリープ
■アカデミー賞:
<受賞>
主演女優賞
<ノミネート>
作品賞/助演男優賞/助演女優賞/監督賞/脚色賞/作曲賞/衣装デザイン賞/編集賞
種類:Blu-ray ※リンク先はAmazonプライム
価格:―
販売元:ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント

1923年ロンドン郊外。1949年ロサンゼルス。そして2001年のニューヨーク。3つの時代を生きる3人の女の人生とその共振をつづった名作ドラマ。『リトル・ダンサー』(2000年)、『トラッシュ!-この街が輝く日まで-』(2014年)のスティーヴン・ダルドリー監督の代表作だ。ジュリアン・ムーア、メリル・ストリープを向こうに回し、「ダロウェイ夫人」執筆中の作家ヴァージニア・ウルフを演じたニコール・キッドマンが主演女優賞に輝く。

脇に回った形だが、エド・ハリス、ジョン・C・ライリーらの男優陣も好演。ストーリーをつなぐフィリップ・グラスの流麗な音楽も聴きものである。


【戦場のピアニスト】(2002)
第75回:2003年3月23日授賞式開催
■監督:ロマン・ポランスキー
■出演:エイドリアン・ブロディ/トーマス・クレッチマン
■アカデミー賞:
<受賞>
主演男優賞/監督賞/脚色賞
<ノミネート>
作品賞/撮影賞/衣装デザイン賞/編集賞
種類:Blu-ray
価格:4700円(税別)
販売元:ハピネット

戦争とはなんと残酷で愚かしいものなのか。世界を、ひとを救済する術はあるのか。第二次大戦中、ナチス・ドイツの迫害から身を潜め、生を全うしようとするユダヤ人ピアニストの運命を描く実録作品。エイドリアン・ブロディが史上最年少の29歳で主演男優賞を獲得した(ちなみに主演女優賞の最年少記録は『愛は静けさの中に』のマーリー・マトリン、21歳)。

「この作品に出演して、戦争がいかに非人道的なものかを体感しました。あなたの信じる神がなんであれ、その加護がありますように。そして、下町クイーンズ出身の私の友人たちもいまクウェートで戦っています。彼らが無事帰国できますように」

ブロディの受賞スピーチは天への祈りだった。


【ボウリング・フォー・コロンバイン】(2002)
第75回:2003年3月23日授賞式開催
■監督:マイケル・ムーア
■出演:マイケル・ムーア/チャールトン・ヘストン/マリリン・マンソン
■アカデミー賞:
<受賞>
ドキュメンタリー長編賞
種類:Blu-ray
価格:2800円(税別)
販売元:ハピネット

いじめられていた男子高校生ふたりが、校舎内で生徒12名と教師ひとりを射殺。全米に多大なショックを与えたコロンバイン高校銃乱射事件を題材に、銃社会アメリカの現実と病巣を探るマイケル・ムーア監督の突撃ドキュメンタリー。現在の目で見ると、アメリカ(の白人)が抱える不安が暴力の連鎖を生むという結論はやや性急だけれど、これも9.11の余震が影響したものなのだろう。

 故郷ミシガン州フリントでのゼネラル・モーターズ社の大量解雇に異議を唱え、会長のロジャー・スミスに面会しようと奮闘するデビュー作『ロジャー&ミー』(1989年)もオススメ。ムーアの不器用でシャイな素顔に触れられる。


■今回のこぼれ話
全7部門にノミネートされ、主演男優、監督、脚色賞に輝いた『戦場のピアニスト』。けれどもアカデミー授賞式の壇上にロマン・ポランスキー監督の姿はなかった。

1977年、13歳の少女との淫行容疑で逮捕され、保釈後に新作撮影を理由にアメリカを出国。以後、再逮捕、収監される可能性があるため、監督は一度もアメリカの土を踏んでいないのだ。

母親はアウシュビッツ収容所で虐殺され、少年時代に父親が開けた鉄条網の穴を通りゲットー(ユダヤ人強制移住区)から逃げ出して、終戦までドイツ占領下のフランスを転々として過ごしたポランスキー監督。

1969年にはロサンゼルスの自宅で、妊娠中だった愛妻シャロン・テートがチャールズ・マンソン率いるヒッピー・カルト集団に惨殺される事件に巻き込まれてもいる。

『ロマン・ポランスキー 初めての告白』(2012年)は、数奇な半生を送ってきたポランスキーのインタビュー・フィルム。被害者であり、加害者でもある。不安や畏れをフィルムに定着させる優れた映画監督でもある。ひとの不可解に溜め息がもれるドキュメンタリー映画の注目作だ。


【久保田明 プロフィール】
映画ファンから絶大な人気を誇った伝説の情報誌「シティロード」の編集を経て映画評論家に。以後さまざまな媒体に登場し、その深い考察で読者を唸らせている。小社では月刊HiViのソフトページ「VIDEO SOFT VIEW」コーナーで、LD時代から20年以上にわたり活躍中。

Stereo Sound ONLINE / 久保田明

最終更新:7/23(日) 11:31
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