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J1鹿島・中田浩二CRO “第二の人生”奮闘

7/24(月) 12:00配信

茨城新聞クロスアイ

サッカー日本代表やJ1鹿島アントラーズの選手として活躍した中田浩二さん(38)。現在、鹿島で「クラブ・リレーションズ・オフィサー」(CRO)に就き、引退後の第二の人生を奮闘中だ。イベントのゲストや企画の立案など幅広い活躍を見せ、大忙し。CRO就任から2年、中田さんは「最初は役割をイメージできなかったが、ここ1年でようやく形が見えてきた」と手応えを口にしている。 (報道部・藤崎徹)


6月17日、県立カシマサッカースタジアム。北海道コンサドーレ札幌戦の前に、中田さんは観戦客のエスコートを務めた。普段は入れないピッチなどを案内し、記者会見場で試合の見どころや選手の特徴を解説。参加者は「いつもと違った視点で試合を見られた」と大喜びだった。企画は中田さんが自ら考案。「今回をきっかけにいろんな形でクラブとサポーターの接点を増やし、集客につなげたい」と、観戦に付加価値を付ける企画に意欲的だ。

■つなぐ役割

CROとは、クラブとスポンサーやホームタウン、サポーターらをつなぐ役割を担う。中田さんは2014年のシーズン終了後に選手を引退したが、その知名度を生かす役職をクラブが新たに設けた。

他クラブでは引退した選手をアンバサダー(大使)として任命し、試合やイベントでクラブのPR活動を行うケースが多い。これに対しCROの中田さんは社員としてクラブ運営にも携わる。試合日にはスタジアムで行われるイベントに顔を出す一方、試合運営の手助けや来場したスポンサー対応も任されている。

■内外で利点

人気選手だった中田さんが社員であることは、クラブに大きな利点をもたらしている。中田さんが小学生対象のスクールに赴けば、参加者はぐっと増える。スクール担当者は「体験参加が多くなり、新規入会につながる」と期待を寄せる。

引退から間もないため、選手との距離が近く、会社と選手の間に入ることも多い。事業部は「今まで選手に気を遣ってイベント参加など頼みにくかったが、どの程度までなら選手の負担にならないか判断してくれる。何より選手と会社の距離を縮めてくれた」と強調。選手会長の昌子源選手は「フロントに選手のことを理解してくれる人がいると助かる」と明かす。

■現職を選択

サッカー選手は現役を退くと、セカンドキャリアに指導者や解説者を選ぶことが多い。実際、鹿島は中田さんにコーチ就任を打診。しかし、中田さんは「違った目線でサッカー界を見たかった。引退選手の良いモデルケースにもなる」として現職を選んだ。

クラブ経営に携わる元選手は少ない。将来的にクラブの経営者を目標とし、最終的にJリーグのチェアマンを目指しているという中田さんは「選手として多くの経験を積んだ人が経営にも携われるようになれば、日本サッカーがより良い方向に変わる」と話す。

02年日韓ワールドカップ(W杯)で日本代表初の16強入りに貢献した中田さん。今後、違った立場から日本サッカー界を支えていく姿に注目したい。

中田浩二(なかた・こうじ)

1979年生まれ、滋賀県出身。東京・帝京高から98年に鹿島入り。守備的MFやDFとして活躍し、5度のリーグ優勝に貢献。ナビスコ杯(YBCルヴァン杯)と天皇杯を含め、国内主要タイトルを11度獲得した。2005年に仏1部マルセイユ、06年にスイス1部バーゼルに入団し海外でもプレー。J1通算266試合出場33得点。日本代表として02年、06年のワールドカップ(W杯)に出場している。

茨城新聞社

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