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カムリの目指すセダンの復権とトヨタの全力

7/24(月) 6:07配信

ITmedia ビジネスオンライン

 「現行カムリの形」と言われてスタイルが思い出せるだろうか?

 筆者は怪しい。街中で見かけても「これカムリだよなぁ」と微妙に自信が持てず、エンブレムを確認してしまう。影が薄い。実はそれはカムリだけの問題ではない。今やセダンそのものの存在価値が希薄化してしまっているのだ。

【あらゆる部分に装飾的要素が並ぶフロントデザイン】

 「プロトコル」と言う言葉を何と訳すか。辞書的には「儀礼・典礼」ということになるのだろうが、自動車の文脈で使う場合、「形式」あたりが妥当かもしれない。要するに、ドレスコードのようなもの。うるさいことを言うときの理屈上の形とでも言うべきか。

 セダンは本来、空間と走りとプロトコルが織りなすバランスが最も良かった車型だ。二酸化炭素(CO2)の排出を考えなかった時代、ドイツを中心に欧州では本当に時速200キロで巡航する人たちがいたし、そういうマイ新幹線的な使い方をしようとすると、腰高なミニバンでは高速運動性が危うかった。4人と荷物をしっかり載せて、超高速移動が行えるという意味で、セダンは最も現実的なボディ形式だった。プロトコル的に言えば、人と荷物を一緒くたに載せるのは品が無い。だから荷物室をちゃんとキャビンと区分けするという意味でも3ボックスのセダンは高級だった。

 欧州でベルリンの壁が崩壊し、旧東欧諸国にモータリゼーションがもたらされると、自動車が旧西欧諸国の独占物では無くなり、販売台数が跳ね上がった。結果として欧州の高速道路網は容量が不足して、時速200キロどころか慢性的渋滞に悩まされるようになったのである。渋滞で超高速域を使えなくなり、低速で走ることが現実になれば、ちょっとくらい重心が高くなっても室内空間の広さの方がありがたい。ベンツもBMWもアウディも、かつてはセダンとワゴンくらいしか無かったボディバリエーションが爆発的に増えて、ミニバン(欧州流呼称はピープルムーバー)やSUVなどが矢継ぎ早に追加されていった。

 バブル期には渋滞で交通が麻痺寸前まで悪化した日本と、オイルショックを機に時速55マイル(約90キロ)規制が敷かれ(1995年に撤廃)速度違反に厳しい北米では、欧州のミニバンブームに先んじてミニバン/SUV主流時代に突入した。米国はそのブームが始まったタイミングこそ世界で一番早かったが、変化そのものはじわじわと起きている。1500万台という巨大マーケットの米国でも、ゆっくりだが確実にセダンはSUVに浸食されその数を減らしている。

 一方、日本は相当にドラスティックな変化に見舞われ、移り変わりは急速に進んだ。コロナとブルーバードのような「ど真ん中」のセダンが消えて、ノアとセレナがその跡目を継ぐことになっていく。

 巨大な北米マーケットで、SUV/トラックに取って代わられるまで最量販カテゴリーだった「ミッドサイズセダン」で、カムリは16年連続の首位に輝いたモデルだ。つまり、カムリはトヨタの北米事業の中核中の中核を担ってきた。トヨタはカムリについて「日本のマーケットなんてどうでも良い」とは口が裂けても言わないだろうが、ビジネスとして社運がかかる北米とは、重要度は月とすっぽんだ。

 要するにセダンは世界中どこでも厳しい。右肩下がりは当たり前、日本では絶滅危惧種である。北米でもじり貧が始まっている。その状況を打破して「セダンの復権」を目指す新型カムリは、セダンに吹きすさぶ逆境を跳ね返し、北米で成功することが最重点戦略目標となる。

 「別にセダンが売れなくたって、SUVが売れて、しかもそれがトヨタなら良いじゃないですか?」と筆者が問うと、ミッドサイズビークルカンパニー・プレジデントの吉田守孝専務はこう答える。

 「より市場が伸びているSUVにも力を入れながら、下がっているセダンにも力を入れて、落ちないようにするというのは、製造業ビジネスとして当然の判断です」

 確かに設計や生産を含むリソースに余剰がでれば効率が悪化する。需要が伸びた分SUVの生産がひっ迫するのはある意味嬉しい悲鳴だが、他方でセダンの生産設備が余るとすれば、それは真性の悲鳴である。

 「もう1つ、世の中の趣向というのはどこかで反転することがあります。原油価格の下落によって燃費の良いハイブリッドに代わって大きいボディのSUVが伸びたように、また何かの要素によってマインドがシフトすることは考えられます。セダンというのはクルマの原点ですから、しっかりしたセダンを作っておけば、それをベースにハッチバック、クーペ、SUVと、いかようにも展開できるので、時代に即応した体勢がとれるとこになるのです」

 なるほど、このあたりはさすがはトヨタで、現状に振り回されることなく、何が起きても対応できる即応体制を整えようというわけである。

●トヨタが新型カムリで打った手

 カムリの必勝を期してトヨタはどんな手を打ったか?

 まず、現在トヨタが総力を結集して実行中のTNGA(Toyota New Global Architecture)である。第1弾のプリウス、第2弾のC-HRでは、動力源であるエンジンとハイブリッドシステム(THS-II)は、旧モデルの改良であり全面刷新では無かった。カムリでは全てをブランニューとし、燃焼速度の向上を狙った工夫を凝らした2.5リッターの新型エンジンと、効率を向上させたハイブリッドユニットを搭載した。最大熱効率の41%は少し前まで30%と言われてきたガソリンエンジンの数値としては最先端だし、JC08燃費は33.4km/L(Xグレード)という文句の付けようのないもの。

 だが、このユニットが真に優れているのは、旧来のトヨタハイブリッドの許しがたかった「燃費いのち」仕様では無くなったことだ。30型までのプリウスでは、アクセルオフでもロクに減速しないし、そこから微加速を試みてもドライバーの操作をまったく無視するワカランチンなシステムだった。ドライバーの要求を敢然と無視し「そんな加減速したら燃費が落ちるんだよ」と言わんばかりだった。第1のご主人さまは燃費、その次にドライバーというシステムは、燃費の条件が良いときだけしかドライバーの指示を聞いてくれなかったのだ。

 今回の試乗で一番驚いたのは、初めて運転席に座り、アクセルを踏んでハンドルを切ったとき、すべてが予測値と一致したことだ。現行プリウスとC-HRでは「一度操作してみて見込みとの差を補正する」という作業が必要だった。それは大きな補正では無かったし、珍しいことではない。補正を掛けても掛けても狙った制御ができないそれ以前のトヨタハイブリッドから見れば、大きな進歩ではあったが、カムリはその補正すら不要だった。

 乗った瞬間、「どうだスゴいだろう!」とばかりに濃い味付けを見せつけるようなものでなく、当たり前に思い通り動く機械。それは何も違和感の無い世界であり、セダンの王道を狙うカムリの評価を高めるものだった。

 カムリのハイブリッドシステムは、燃費を叩き出す特殊部隊であることをやめ、モーターによる「レスポンスの良さと低速での豊かなトルク」と、エンジンによる「高速性能」をドライバビリティー向上という新しい方向に使うハイブリッドであり、ハイブリッドが本来持っていたにも関わらず、これまで無視されてきたドライバビリティ向上のためのリソースに光を当てたものになっている。

 ただし、こうした使い方はすでにポルシェやフェラーリが先鞭を付けており、世界初というわけではない。それでもカムリ以前と以降ではトヨタ車におけるハイブリッドの意味が変わるほどのものであり、トヨタがTNGAでずっと唱えてきた「もっといいクルマ作り」がただの掛け声ではなかったことが証明されたと言えるだろう。

 トヨタは「セダンにわくわくやドキドキを」とか「エモーション」とか言うが、筆者から見たカムリは、そういうものとは少し違う。むしろ流行の言葉で言うならば「癒やし」のクルマであり、アドレナリンが吹き出してブンブン走りたくはならないが、リラックスしたままいつまでも走っていたいと感じさせてくれるクルマだと思う。

 さて、良いセダンを作ればそれで売れるという簡単な話ではない。セダン全体が地盤沈下し、注目度が下がる中で「乗れば分かる」と言ってもむなしい。振り向かせ、興味を持たさなければ何も始まらない。だからトヨタはデザインに注力したのだと言う。

 技術的にもいろいろと難しいことをやっている。とにかくすべてを低くした。フロア、着座位置、ボンネット、ルーフ。かと言って、ミニバンやSUVほどでは無いとはいえ、セダンの美点である室内空間を崩壊させては意味が無い。シート座面の後傾角や背もたれの角度を綿密に作り込んで十分な広さを確保した上で、すべてを低くしている。

 冒頭で説明したように、欧州では「広さを求めるならミニバン」という時代になったことを背景に、今猛烈な勢いでセダンのクーペ化が進行中だ。カムリはそこをグッと理性で堪え、後席乗員の頭をクリアするところまでルーフを下げずに頑張った。クーペ的に下がっていくのはそれより後ろである。

 さて、こうしてできたスタイルについてトヨタは自信があるようだが、筆者はちょっと同意しかねる。とにもかくにも線の要素が多く煩雑である。フロントグリル、エンジンフード、サイドを見ればガラス下のキャラクターライン。トランクリッドも煩雑だ。しかもリッドから回り込んだラインがCピラーまで食い込んでいる。

 モノを固まりで表現しようとしたら、あるいはシンプルにしようとすれば、こうはならないはずで、「個性的にしなくては」という思いが、表層のグラフィックの手数を多くしているように思える。だからデザイナーのプレッシャーが身につまされて息苦しい。ただし、ひたすらコンサバであれと言われてきたこれまでのトヨタデザインに戻ることだけはしてほしくない。この産みの苦しみは必ず帰ってくるはずだ。

 と苦言を呈しながら、良かったところも書いておかねばフェアではない。トヨタのデザインのおもしろさは、基本シェープはちゃんとしていることだ。だから対向車線を走ってくるカムリにはハッとする格好良さがある。こう褒めたらトヨタの人が喜んだが、「遠目だとディティールが見えないから」と言ったらずっこけた。クルマのデザインで走っている姿が格好良いというのはかなりの褒め言葉なので、言いたい放題はご容赦願いたい。ただ、このクルマはショールームで眺めるのではなく、ぜひ走っているところも見てほしい。

 総評としてカムリは良妻賢母な良いクルマだと思う。そのスタイルが、トヨタが言うほど人々のハートを射貫くかどうかはちょっと分からない。ただ個人的には正しい努力をしたクルマが売れる世の中であってほしい。

(池田直渡)