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かつて長嶋終身名誉監督に“一喝”された男、豊田投手コーチの思い

7/25(火) 16:03配信

スポーツ報知

 「驚いたというよりも、巨人軍(の選手)たる者、ああいうことをしちゃいかんよね」

 はっとした。長嶋茂雄終身名誉監督の言葉で、フラッシュバックのように、よみがえってきた。30歳の誕生日に、知人と食事中にガラスで右手甲を負傷し、都内の病院に酔って訪れ、病院の扉を壊し、警備員を負傷させるトラブルを起こしたとされる山口俊。19日に出場選手登録を抹消され、自宅謹慎が続いている。その行為は理由がどうであれ、弁解の余地は一切ない。ミスターは「何があったか分からないけれど、まずいこと」とも話し、短くとも、その言葉からは強い怒りがあることを感じさせた。

【写真】練習中スタンドで写真撮影する西武の森慎二、松坂大輔、豊田清(05年撮影)

 それは、巨人の看板を傷つけたからとか、そんなことじゃない。モノにあたり、人様を傷つけ、ファンや関係者を裏切るような軽率な行為をしたことはもちろん、怒りの根源はさらに別な部分にもあったと思うからだ。

 かつてミスターから同じように“一喝”された男がいる。ケガで出遅れた山口俊の1軍復帰を、一緒になって汗を流しながら懸命に後押しした豊田清2軍投手コーチ。彼もまた、11年前、高い期待のなかで西武から巨人にFA移籍し、重圧の中で戦い、プレッシャーに何度も押しつぶされそうになったが、決してお酒で憂さを晴らすようなことはしなかった。不安を練習することでしか打ち消せない、そんな男がミスターを怒らせたのは、大切な右手を粗末に扱い、自傷したことがきっかけだった。

 普段は温厚でシャイな男も、現役時代はかなりの激情派だった。特に、ユニホームに袖を通すとストイックに自分を追い込み、集中の極みに至るからこそ、激しかった。

 先発から抑えに転向した01年8月。プロ野球史上初の屈辱となる月間3本のサヨナラアーチを浴びた際、ふがいない自分にベンチ裏で怒りを爆発させ、グラブをたたきつけ、目の前にあった灰皿を蹴り飛ばした。03年9月のロッテ戦では、1点リードを守れずに救援失敗。ベンチに戻るとクーラーボックスを殴打し、その時は右手甲に3針縫う裂傷を負ってしまった。当時は長嶋ジャパンがアテネ五輪出場をかけて戦うアジア予選を40日後に控えていた時期。日本代表の守護神候補だった右腕は代表メンバー辞退を余儀なくされた。自分1人の問題じゃなかった。そして後日、ミスターから、言われた。

 「豊田君。どんなことがあっても、いけない。右手はダメだ、絶対に」

 迫力があった。言葉には魂がこもっていた。「野球選手、投手としての命でもある手を、右手を、自ら傷つけてしまったことを悔いたよ、本当に」。豊田はそれ以降、だれよりも身体のケアを意識するようになった、という。今回の山口の一件について、コメントを控える立場にあるが、その胸中は、怒りというよりも残念至極、悲しみの雨が激しく降っていることだろう。

 プロ野球選手として、輝く時間のなかでプレーできるのは、実はほんの一瞬。それも、ほんの一握りの選手だけだ。であるならば、プレーできる喜びをかみしめ、プレーできる身体をいたわり、しっかりケアして、自ら傷つけるなんてことがあっちゃいけない。それがプロとしての自覚。巨人でプレーする選手ならば、特に、その意識を高く、強く、という思いが、ミスターの山口俊への言葉には込められていたはずだ。

 今回のトラブルの事実関係が明るみになり、傷だらけの右腕が償うべきところは償い、しっかりと謝罪し、猛省した後、もう一度、プレーするチャンスがあるならば、ミスターの言葉をしっかり、かみしめてほしい。どんなことがあっても、いけない、こんなのはダメだ、絶対に。 (記者コラム・佐々木 良機)

最終更新:7/25(火) 18:19
スポーツ報知

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