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「柿本商店」はなぜコンバースの聖地と呼ばれているのか?

7/25(火) 13:15配信

Fashionsnap.com

 約4坪半の店内でコンバースを専門に扱う柿本商店は「コンバースの聖地」と呼ばれている。天井近くまで陳列したコンバースがSNSでも話題になり、一目みたいと全国から足を運ぶ人も多いという。なぜ関西の商店街に軒を連ねる個人商店が、コンバースの聖地と呼ばれるようになったのか?

【写真】取り扱いは柿本商店だけ!? レアコンバース(本文下段に掲載)

聖地はアンダーグラウンドな商店街に

 柿本商店があるのはJR西日本の「元町駅」と「神戸駅」を繋ぐ線路の高架下「元町高架通商店街」。「モトコー」の愛称でも知られる元町高架通商店街には飲食店やアパレルショップ、レコード屋などが店を構える。観光客が賑わう「三宮商店街」と比較するとアンダーグラウンドなショップが多いため、掘り出し物を探すマニアに人気のスポットとして知られている。神戸に住んでいた店主の周 春陽氏は「神戸の中心地に位置し、高架下で天候の影響を受けない」ということをメリットに感じ、1968年に柿本商店を出店した。

なぜコンバースの聖地と呼ばれているのか

 オープン当初はコンバース専門店ではなかった。日本の3大靴メーカーと呼ばれていた「世界長ユニオン」「月星化成(ムーンスター)」「アサヒシューズ」を中心に販売。周氏は「日本の靴の魅力を海外の人にも知ってもらいたい」と神戸艦船商工業組合から発行された税関のパスを使い、港に出向き東南アジアや南米などの貿易船の船員を相手に商売をスタートした。「日本製品は作りが良いと評判で人気だった」とインドネシア行きの船に4,500万足を販売した実績もあるという。しかし、1971年のニクソンショック以降、円高が進み海外への販売が困難に。さらに大手チェーン店が安売りを開始し、個人商店は苦境に立たされた。周氏は「人気商品だけを仕入れている大手チェーン店に、品数で対抗しよう」と1980年頃からコンバースを専門に取り扱い始めた。

 コンバース専門店になった当初は「ナイキ(NIKE)」などが人気で売れ行きは良くなかったが、1997年頃に米コンバース社倒産の噂を聞き「プレミア価値が付き人気が出る」と確信。周氏はオープン当初から培った資金とコネクションを駆使し、アメリカ本社や代理店だった「月星化成」から約2万足のUSAコンバースを仕入れたという。思惑通りに米コンバース社倒産の噂を聞きつけたマニアや同業者などがレアコンバースを求めて柿本商店に足を運ぶようになり経営は軌道に乗った。柿本商店は希少価値のあるコンバースを同業者にも断ることなく販売し、「多いときは1店舗に150足ぐらい配送したこともあった」と話す。柿本商店で販売していたコンバースは東京や愛知、福岡など全国で販売され、マニアや同業者の間で話題になったことで「コンバースの聖地」と呼ばれるようになった。

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最終更新:7/25(火) 15:10
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