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「AIにノーベル賞を取らせる」──ソニーコンピュータサイエンス研究所所長が語る「AIと生物学の未来」

7/26(水) 16:24配信

ITmedia NEWS

  2050年までに、AI(人工知能)にノーベル医学生理学賞を取れるような科学的発見をさせたい──。デジタルガレージなど3社が共催し、最先端のインターネット技術やビジネス動向を議論する「THE NEW CONTEXT CONFERENCE 2017 TOKYO」で7月26日、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)のCEOでもあり、自身が2000年に設立したシステムバイオロジー研究機構(SBI)の代表である北野宏明さんが登場。「ノーベル賞を取れるAI」の未来像と、AIが打破すべき科学の課題を語った。

【AIがノーベル賞を取るための4つのキーポイント】

 「AIでノーベル賞を取る」という北野さん。「今の科学的発見は運任せ」だと指摘する。AIが本当のブレークスルーを生み出すのは「知識を生み出す道具」になった時だともいう。どういうことか。

●ノーベル委員会を“だます”ためには

 「『2050年までにノーベル医学生理学賞を取れる発見ができるAIシステムを作る』という論文を書いたら、『ノーベル賞は人にしか与えられない』という鋭いツッコミをいただいた」という北野さん。

 「だから、目標をちょっと違うものに変えた。名付けて『ノーベルチューリングチャレンジ』。ノルウェー・ノーベル委員会が、AIだと気付かずに賞をあげてしまうことを目指すことにした。言ってみれば、ノーベル委員会を相手にした“チューリングテスト”だ」

 北野さんは「ビットコイン」と「ブロックチェーン」の論文を世に送り出した“サトシ・ナカモト”に言及する。

 「彼のことを誰も見たことがない。1人かもしれないし、グループかもしれない。彼がAIではないと私たちが考えているのは、AIがそこまでのレベルにまだ達していないにすぎないという、それだけの理由だ」。正体不明の論文がAIによって書かれる未来もあり得ると、北野さんは説く。

 ノーベルチューリングチャレンジを成功させるには、2つの要件があるという。1つはAIが非常に大きな科学的発見をすること。もう1つはAIが自律的に意思決定し、人間の研究パートナーとして違和感なくコミュニティーに入ってくるということだ。

 北野さんは続けて、AIが打破すべき「科学の課題」を説明する。

●科学の現状の課題

 「近年の科学的発見は、セレンディピティー(予想外の発見)や幸運な間違い、科学的な直感によって生み出されている」と北野さん。これらが重要なことは現時点では間違いないが、“運任せ”という見方もできる。さまざまな最新装置で研究をアシストしても、最後は「これはどうなっているんだろう」と人間が考え、新たな科学的知見を探す必要があるという。

 最終的に人間の発想に頼らざるを得ない。そんな「不確定性」をなくせれば、科学を全く違う次元に進化させることができるのではないか――というのが北野さんの考えだ。

 そのためには、機械による「研究の自動化」が必要だという。

 現代の科学研究は、人間の手作業に頼るところが大きい。例えば、数年前に行われたある調査によれば、生物学に関する論文は年間150万本提出されており、北野さん自身の研究分野だけでも100本程度が日々公開されているという。このような膨大な量を人間が全て処理し、新たな研究につなげることは難しい。実験室での作業もある程度はロボット化も進んでいるが、最後には人間の手作業が必要なため、どうしても取りこぼしが発生してしまう。

 また、人間の認知の限界もある。

 例えば、同質の論文がほとんどな領域で、違うことを報告している「少数報告」があるような場合。まず何万本もある論文の中から少数報告を見つけることも困難であり、さらにそれが間違いなのか、それともある特殊な条件で起こりうる大きな発見なのかを判断するのも非常に難しい問題だ。

 認知バイアスの問題もある。人間は見たものを言葉にした時に、見たものと100%同じ内容を言葉にできているわけではなく、ある程度のずれが生じる。そして言葉を受ける側もその人の文化的背景によって受け取り方が異なるため、話し手と聞き手で理解する内容にずれが生じてくるという。

 こういった認知の限界が、生物学に取り組む上で重くのしかかっているというのが北野さんの見方だ。

●「ノーベル賞を取れるAIシステム」を作るためには

 「人間の認知の限界など、現状の科学が抱える問題をAIで打破するためには4つのキーポイントがある」と、北野さんはいう。

 まずは「ビジョン(目標)」。これは明らかで、「ノーベル医学生理学賞を取れる発見をできるAIシステムをつくる」ということだ。

 次に「理論」。これまでチェスや将棋、囲碁がそうだったように、AIに大きな仮説空間を“力任せ”で探索させることで、科学的な発見を得られるのでは――ということだ。

 そしてそれを実現させるための「プラットフォーム」。北野さん率いるSBIは、生物学分野でばらばらに散っていたデータベースや分析手法をまとめる「GARUDA」(ガルーダ)というプラットフォームを、約10年かけて開発してきたという。

 最後に必要なのが「マネジメント」。GARUDAのようなプラットフォームは、1つの研究所や研究グループだけで完結させず、世界中の多くの研究グループと協調して使うことで、より多くのデータや知見が蓄積される。そのため、世界中の研究者が参画できるようなマネジメントが必要になるということだ。

 北野さんらが開発したGARUDAは、すでに成果を上げつつあるようだ。

 データ分析のため、GARUDAにはディープラーニングのほか、公開されている機械学習の手法をほぼ全て実装したという。これを用いた事例として、東京大学医学部附属病院(東大病院)と理化学研究所と共同で行ったリウマチ患者の自動分類がある。

 機械学習によって患者を自動分類すると、いくつかのサブグループができることが分かった。そして、中にはそれらのグループから外れた患者がいることも分かったという。機械による分類には人間のバイアス(偏見)が入っていないため、診断の正確さも上がり、患者それぞれに適切な薬を処方したり、必要な創薬をしたりできるようになるだろうと北野さんは説明する。

●AIが本当のブレークスルーを生み出す時

 ただ、今後に向けて課題もある。「データ分析だけではAIがノーベル賞を取れるとはいえず、科学的な仮説をAI自身で立てられるようにならなければならない」と北野さん。AIがどのように仮説を立てるようになるのか、米DeepMindの囲碁AI「AlphaGo」を例に説明する。

 「人間がこれまで角を攻める碁を打ってきたのに対し、AlphaGoは今まで人間が考えもしなかったような『中心を攻める碁』を打ってきた。AlphaGo同士の対戦に至っては、人間の理解が及ばないものだった。これまで人類が打ってきた、あるいは打つ可能性がある囲碁のプレイは囲碁のごく一部であり、AlphaGoは人類がこれまで知らなかった多くの手を探索したということだ」(北野さん)

 「AlphaGoの手法をそのまま使えるわけではないが、新たな自然法則発見のためのAI技術も目指すところは同じだ。AIを使うことで、私たちが見つけられない、あるいは理解できない自然法則を見つけ出すことができるかもしれない」。これからのAIがAlphaGoのように、人間の発想の及ばない自然法則の探索をすることになるだろう――と北野さんは予測する。

 「これまで文明の進歩は“道具の進歩”だった。石器を作り、動力を得て、情報通信技術で革命が来た。AI技術で多くの人はスマートマシン(AIを搭載した機械)を作ろうとしているが、本当にブレークスルーを生み出すのは知識を生み出す道具(としてのAI)だ。AIという道具で人間の認知の限界を超えた研究が進み、私たちの文明をさらに加速させ、変化させていくだろう。それを目指すのが、ノーベルチューリングチャレンジだ」(北野さん)

最終更新:7/27(木) 12:32
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