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障害者の「幸せ」を誰かが決めつけていいのか? 相模原事件から1年。いまだ突きつけられる問い

7/26(水) 9:45配信

BuzzFeed Japan

問題を乗り越えようとする人たち、ヒントになる言葉

神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で、障害者19人を殺害された相模原事件から7月26日で1年になる。この1年間で「障害者」と社会をめぐる問題は変わったのだろうか。取材で出会った言葉からヒントを探る。【BuzzFeed Japan / 石戸諭】

排除の圧力が強まっていないか?

障害者と社会。最大の問題は「障害者」が社会のなかで見えにくい存在になっていること、つまり「障害者」への想像力が働きにくい社会になっていることにある。

共に生きることではなく、社会から見えないところに少数者を排除する圧力。ともすると、そちらのほうが強まっていないだろうか?

この1年、取材をするなかで何度となく問いかけられた。

歴史は反復する。例えば当事者が声を上げると、声の上げ方をめぐって議論が過熱になる。最近ならLCC、かつてはバスの乗り方を巡って……。

障害者の「生死」を誰かが決めていいのか?

「われらは愛と正義を否定する。われらは愛と正義の持つエゴイズムを鋭く告発し、それを否定する事によって生じる人間凝視に伴う相互理解こそ真の福祉であると信じ、且、行動する」

これは脳性マヒ者の横田弘さん(1933年~2013年)らによる運動団体「青い芝の会」が掲げた綱領だ。横田さんは「愛と正義」に徹底して抗おうとした。

彼らの運動には、常に過激という言葉がついて回った。有名な運動をいくつかあげよう。

1970年、脳性マヒの子供を実の母親が殺害する事件が起きた。

この母親は、障害もあり幸せになりえない子供の将来に悩んだかわいそうな母親であり、愛情ゆえに手をかけたのだ。公然と母親がかわいそうだと同情する声が多くあがり、減刑を求める運動まで起こった。

これに横田さんたちは怒り、抗議し、この母親に対して厳正な裁判を求める意見書を裁判所や検察庁にだした。

どうして、他人が脳性マヒで生まれたことを不幸と決めつけるのか。どうして、障害者の生死を誰かが決めることができるのか。

「あなたのためを思って~」という思想、愛と正義はときに暴力に転化する。横田さんは行動とともに社会に問いを投げかけた。

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最終更新:7/26(水) 9:45
BuzzFeed Japan

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