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保守政権で進展が見られなかった済州4・3犠牲者の名誉回復の道開かれる

7/26(水) 12:00配信

ハンギョレ新聞

首相の主宰で済州4・3中央委員会全体会議が6年6カ月ぶりに開かれ 犠牲者や遺族を追加決定…遺族たち「胸のすく思い」

 「これ以上言うことなんてありません。本当に良かった。胸のすく思いです」

 受話器の向こうで済州西歸浦市(ソグィポシ)大静邑(テジョンウプ)に住むキム・ミョンウォンさん(85)の声は震えていた。彼はしばらく言葉が続かなかった。一生、心の片隅にとめていた弟キム・ミョンムン(当時3歳)の無念の死を、政府が認めたからだ。当時、キムさんは西歸浦市南元邑(ナムウォンウプ)水望里(スマンリ)に住んでいた。「討伐隊が発砲しながら近づいてきました。目の前で人が死んでいくのをみて、両親も生きるために避難しました。父は弟(当時6歳)を背負って走り、母は生まれたばかりの妹を抱いて走りました。15歳だった私にミョンムンを連れて来いと言われましたが、怖くて弟の存在を忘れてしまいました」。討伐隊が帰った後行ってみると、弟は死んでいた。キムさんは「後になって4・3の犠牲者という事実に気づいた。死なせてしまったことに対する恨みが心の中にある」と話した。

 李洛淵(イ・ナギョン)首相は25日、政府ソウル庁舎で主宰した「済州4・3事件の真相究明及び犠牲者名誉回復委員会」(以下4・3中央委)の全体会議を開き、4・3犠牲者や遺族として238人を追加決定した。これで4・3中央委が認めた4・3犠牲者は1万4232人、遺族は5万9426人になった。犠牲者を決定するために委員会が開催されたのは2014年5月以来3年2カ月ぶりだ。4・3中央委の全体会議が開かれたのも2011年1月以来6年6カ月ぶりだ。

 李首相は会議に先立ち、「政府は100大国政課題で4・3問題の完全な解決を約束した」とし、「今日は、これまで持ち越された審議を完了するのに必要な決定を下すために、委員会が招集された」と述べた。同日、委員会にはキム・ドンヨン経済副首相兼企画財政部長官やパク・サンギ法務部長官、ソン・ヨンム国防部長官、ウォン・ヒリョン済州特別自治道知事などと民間委員15人が出席した。

 済州側の団体は、文在寅(ムン・ジェイン)政権が発足してから2カ月で4・3中央委全体会議が開かれたことで、新政権の解決意志を確認したとして、歓迎の意を示した。李明博(イ・ミョンバク)、朴槿恵(パク・クネ)政権発足後、4・3問題に対する揺さぶりが進むにつれ、首相主宰の4・3中央委全体会議は開かれなかった。こうした中、昨年には犠牲者として申請した後遺障害者1人が亡くなった。ホ・ヨンソン済州4・3研究所長は「政府がこれまで二の足ばかりを踏んできたことで、遺族たちの心に深い傷を残した。4・3犠牲者決定をしたことを機に、4・3問題解決にも関心を傾けてくれることを期待する。犠牲者追加の決定を歓迎する」と話した。パク・チャンシク済州学センター長は「今回の4・3犠牲者決定が再開されたことで、過去の歴史の解決に向けた最終決着がつく転機をもたらすことにあるだろう」と評価した。

 遺族らも歓迎した。ヤン・ユンギョン済州4・3遺族会長は「さまざまなルートを通じて政府に犠牲者決定を要請してきたが、何の返答ももらえなかったのが事案だ。新政権がこの問題に対する答えを出してくれたことを非常に歓迎している。政府が今のように4・3問題解決に関心を傾けてくれることを期待する」と話した。

ホ・ホジュン、キム・ジウン記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

最終更新:7/26(水) 12:00
ハンギョレ新聞