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女子短大の「赤白青」そして「明」…女子教育のおこりと成熟、募集停止を振り返る

7/27(木) 19:42配信

リセマム

 7月25日、青山学院女子短期大学は2019年度(平成31年度)以降の学生募集停止を発表した。目白にあることから「白短」と呼ばれた学習院女子短期大学、赤坂にあることから「赤短」と呼ばれた山脇学園短期大学、そして「明短」と呼ばれた明治大学短期大学とともに、通称「青短」と呼ばれた青山学院女子短期大学を含めた人気短大4校の歴史を振り返る。

沿革・歴史―大学案内 女子短大にも「御三家」があった時代を振り返る

 青山学院女子短期大学は「現代教養学科」と「子ども学科」の2学科を設置。現在の2学科体制は2012年(平成24年)4月から。初代学長は向坊長英氏。1874年(明治4年)開設の女子小学校を起源に持ち、キリスト教の信仰に基づいた女子の育成を行ってきた。女子短期大学としての歴史は1950年(昭和25年)に文科と家政科の2科を設置するようになってから。学生募集停止は2019年度(平成31年度)以降の予定。

 法人本部が東京都豊島区目白にあることから「白短」と慕われた学習院女子短期大学は、1998年度(平成10年度)に学生募集を停止。同年に現在の学習院女子大学が開学し、四年制大学としての歴史が始まった。学習院女子大学によると、終戦後の新制学習院大学では男女共学がうたわれていたものの、同学習院女子高等科からの進学者はごく少数だった。しかし、女子に対するより高度な教育を求める声もあり、戸山キャンパスに学習院大学短期大学部が誕生。のち、1953年(昭和28年)に短期大学部が「学習院女子短期大学」と改称した。学習院女子大学は、短期大学の発展は1965年から1980年まで、成熟は1981年から1994年と振り返っている。

 「赤短」と呼ばれたのは、東京都港区赤坂に法人本部を置く山脇学園短期大学。2008年(平成20年)に募集を停止し、1950年(昭和25年)から続く58年の歴史に幕を下ろした。2011年現在は旧短期大学の校舎と敷地を中学高等学校へ特化し、山脇学園中学校・高等学校としての教育体制が整っている。2016年は英語特別枠入試の新入生が入学し、重要文化財武家屋敷門移築工事も竣工するなど、“山脇ルネサンス”と称する改革を推進し続けている。

 首都圏を中心に「明大」の名で広く知られる明治大学も短期大学を設置していた。明治大学短期大学。70年の歴史と伝統が脈々と受け継がれる女子同窓会の活動はいまも続いており、毎月幹事会を開催し、事業などの打ち合わせを行っているという。短期大学の設置は1950年(昭和25年)。閉学は2006年3月。

 青短、白短、赤短、明短のいずれも、開学は1950年(昭和25年)。一時期は「女子学生」といえば短期大学の女子学生を示し、1980年代には四年制大学の女子も含む「女子大生ブーム」ともいえる一大ムーブメントもあった。学習院女子大学が四年制大学への転機について「学業を真剣に修得したいと望んでいる学生にとって、短期大学では期間が短すぎる――このような時代の要請を真摯に受け止め」たと説明するとおり、女子の四年制大学進学志向が高まり、女子短期大学の学生募集停止の波は1990年代中盤から今に続く流れと言えるだろう。

 学生募集停止が話題となった青山学院女子短期大学は今後、2018年度入学生を含めたすべての学生に対し、卒業までの教育や進路・就職支援を行う。卒業生への対応は青山学院が引き継ぐと説明している。

《リセマム 佐藤亜希》

最終更新:7/27(木) 19:42
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