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フリーゲージトレインと長崎新幹線の「論点」

7/28(金) 7:10配信

ITmedia ビジネスオンライン

 JR九州は7月25日、与党整備新幹線建設推進プロジェクトチームに対して、長崎新幹線(九州新幹線西九州ルート)へのフリーゲージトレイン導入は困難と伝えた。フリーゲージトレインは左右の車輪の間隔を伸縮させて、レール間隔の広い新幹線と狭い在来線を直通できる。実用化に向けて試作車のテストが行われているけれども、実用化には課題が多く、JR九州は導入困難と意思表明した。長崎新幹線の整備はフリーゲージトレインを前提として進められただけに、前提条件が揺らいでいる。

【フリーゲージトレインの仕組み】

 そもそも、フリーゲージトレインが間に合わないため、長崎新幹線は2022年度に武雄温泉~長崎間でフル規格新幹線として開業し、博多~武雄温泉間の在来線特急と同じホームで乗り換える「リレー方式」となっていた。次の段階として、25年度までにフリーゲージトレインを導入し、博多~長崎間を直通、乗り換えなしとする計画だった。

 JR九州が「現時点のフリーゲージトレインの導入困難」とした理由は維持費だ。フリーゲージトレインは複雑な機構の台車を使用するため、整備点検に手間が掛かる。また、車軸の摩耗が早く、車両の耐用年数までに10回以上の交換が必要になる。現在の新幹線では交換不要となる部品だ。そのため、国土交通省の検討結果では、一般の新幹線車両の約2.3倍のコストとなる。JR九州の試算では、年間の車両維持などの費用が現在の新幹線車両より約50億円も増えるという。

●長崎新幹線とフリーゲージトレインは相性が悪い

 フリーゲージトレインは他にもいくつかの課題があった。その大きな要素は軸重と速度だ。軸重は車軸に集約される車体の重さで、重いほど線路に負担が掛かる。フリーゲージトレインが現在の新幹線に乗り入れると、線路の保守負担が大きくなる。鉄橋や高架部では改良工事の必要も出てくる。軸重の課題に関しては、新型試作車で軽量化を達成して何とかクリアできそうだ。

 しかし、問題は速度だ。最高速度は時速270キロを目標に開発が進められているけれど、山陽新幹線は時速300キロの車両で統一されており、遅い列車があるとダイヤ全体に影響が出る。これにはJR西日本が難色を示しており、山陽新幹線の乗り入れは難しい。時速300キロを達成しないと、近畿圏と佐賀・長崎を直結する列車は運行できない。

 この課題をクリアできたとして、フリーゲージトレインを新大阪まで運用するとなれば、車両数も増やす必要がある。機構が複雑で高額な車両だけに、コストに跳ね返る。

 相互直通運転の場合、他社の車両を使って営業する場合は車両の使用料が発生する。これを現金で精算すると面倒だから、互いの車両の走行距離が同じになるように運用し、相殺する。長崎新幹線と山陽新幹線の相互直通運転でも車両の走行距離で使用料を相殺するなら、JR西日本もフリーゲージトレインを購入する必要が出てくる。

 それが面倒だというなら、フリーゲージトレインは本州に上陸できない。

 フリーゲージトレイン導入が困難となった場合、選択肢は2つだ。「リレー方式の期間を延長して、いつになるか分からないフリーゲージトレインの完成を待つ」「フリーゲージトレインを諦めて、在来線区間を新幹線規格に改造、または新設する」。

 もう1つの選択肢として「新幹線自体を取りやめる」こともできないわけではない。しかし、武雄温泉~長崎間はフル規格新幹線で着工している。これは無駄にしてはいけない。

●フリーゲージトレインは悪くない

 デメリットばかり並べてしまったけれど、フリーゲージトレイン自体は素晴らしい技術だ。スペインではタルゴ社が1968年から実用化し、フランスに直通する国際列車などで運用している。国境の駅に車軸を変換する装置があり、そこを通過するだけで変換完了。台車1つあたりの変換所要時間は5秒で、列車が低速で通過すれば全ての作業か完了する。

 日本では93年からフリーゲージトレインの開発が始まった。その背景には92年に開業した山形新幹線があったと思われる。山形新幹線は、東北新幹線から列車を直通するために、在来線の線路を新幹線規格の線路に大改造(改軌)した。この間、工事区間ごとに列車は運休し、バス代行運転となった。

 線路の改造は工事費がかさみ、長期間の運休も発生する。フリーゲージトレインなら、改軌しないで新幹線を在来線へ直通できる。応用範囲も広い。東北だけではなく、山陰へ、四国へ、九州へ新幹線列車を直通できる。低コストで全国新幹線ネットワークを実現できそうだ。ただし、完成していれば、と注釈がつく。

 タルゴが約半世紀も使っている軸間可変車両が、なぜ日本ではてこずっているか。その理由は台車の構造にある。タルゴは機関車と客車を組み合わせる。客車の台車構造は左右の車輪が独立しており、車軸でつながっていない。そのため軸間可変装置を搭載しやすい。日本の新幹線は電車だ。台車にはモーターを組み込んでいるから構造が複雑で、台車が重くなる。

 タルゴの機関車も台車にはモーターがついているため、軸間可変システムを搭載しにくいし、重い。ただし、車体に乗客を乗せないから、車輪や台車そのものを大きくして対応できる。タルゴには編成全体のデザインが統一されて電車のように見える列車もあるけれど、実は両側の先頭車は機関車になっていて、乗客は乗せない。

 つまり、もともとフリーゲージトレインは電車には不向きなシステムだ。ただし海外では電車型フリーゲージトレインもある。台車の外にモーターを置き、ドライブシャフトと自在継手で車輪を回すタイプだ。ディーゼルカーのエンジンをモーターに置き換えたシステムである。

 これは台車の負担を減らすには良いアイデアだけど、高速走行には不向きで、ドライブシャフトと自在継手のメンテナンスコストもかさむ。JR北海道はディーゼルカーのドライブシャフトと自在継手を嫌って電気式気動車を採用したほどだ。

●未完成の技術を前提にしてしまった

 日本がフリーゲージトレインの高速鉄道車両を開発する。これはチャレンジだ。そして着実に問題を解決している。これも素晴らしい。完成すれば、世界の高速鉄道に売り込むチャンスにもなる。だから、ここで開発をやめてはいけない。時間をかけて完成へ持って行くべきだ。使い道は長崎新幹線だけではない。

 長崎新幹線の問題の本質は、未完成のフリーゲージトレインを建設計画に盛り込んでしまったことだ。実験段階で実用化のめどが立っていないのに「建設財源が確保できるころには完成できる」と判断した。これは失策だ。長崎新幹線のフリーゲージトレイン導入決定は2004年。現在よりもフリーゲージトレインの実現可能性が見えていなかったころだ。

 未完成の技術を当て込んで失敗した事例としては、川崎市営地下鉄とDMV(デュアル・モード・ビークル)が挙げられる。川崎市営地下鉄の建設計画は長年の懸案だったが、トンネル建設費用などのコスト問題をクリアできなかった。そこで09年から、小型トンネルで運用できる蓄電池電車や燃料電池電車など、新技術を前提とした計画を作った。しかし新技術の実用化のめどが立たないため、15年に計画自体が中止となった。蓄電池電車は最近ようやく実用化された。しかし、小型トンネルで運用できる地下鉄車両として使うには、さらに小型化高性能バッテリーが必要になる。

 DMVは、線路と道路の両方を走行できる車両。開発元のJR北海道でさえ採算性と冬期運用のめどが立たなかった。この後の研究は国土交通省に引き継がれたものの、実用化の見込みがない時期から、全国の赤字第三セクターが導入を検討し、試験運転も行った。しかし採用まで至った路線はなく、いくつかの路線は廃線となっている。

 その状況を見ると、各地のDMV導入案は崖っぷち鉄道の頼みの綱であり、これでもダメならダメ、という言い訳の材料にも見えた。その意味で徳島県のDMV導入決定は、先行者の利益と同時にリスクを負う覚悟の「英断」といえる。実用化、問題解決への熱意を評価したい。

 リニア中央新幹線については、国鉄時代の1972年に初めて磁気浮上実験を実施してから山梨リニア実験線の完成まで19年。2007年にJR東海が自社負担で建設すると表明するまで35年。建設表明は実用化のめどが立ってからだ。新技術の導入はこれほど慎重な判断が必要になる。

 長崎新幹線の失点は04年のフリーゲージ導入決断にある。いまさら過去を悔やんでも仕方ないけれど、現状を招いた原因は参考にすべきだ。未完成の技術を当て込んで、莫大な予算のプロジェクトを進めてはいけない。宝くじを買っただけで、家やクルマを買う契約をしてはいけない。

●「距離に応じた負担」の見直しも必要

 なぜ、長崎新幹線でフリーゲージトレインを導入せざるを得なかったか。その背景は佐賀県がフル規格新幹線の建設負担金に応じないという事情がある。それでも新幹線の建設は進めたいから、フリーゲージトレインの導入をアテにして計画をゴリ押しした。そのアテが外れた。

 福岡を基準にした場合、長崎県にとって長崎新幹線のフル規格新幹線化による時短効果はある。しかし、佐賀県にとってはフル規格新幹線にしても時短効果は小さい。新幹線は「あってもなくてもいい」存在だ。無料で作ってくれるならいいけど、お金を払ってまで作ってほしくない。

 それにもかかわらず、新鳥栖~長崎間をフル規格で建設した場合、総距離に応じて自治体の負担額を決めると、佐賀県と長崎県がほぼ同じ。佐賀県にとっては、時短効果が少ない上に長崎県と同じ負担額では納得できないだろう。

 自治体が受ける利益と関係なく、通過する距離で負担額が決まるという仕組み。これこそ理不尽というものだ。同様の例は他にもある。関東と北陸を結ぶ北陸新幹線では新潟県も負担している。負担するからには駅も作れとなって、上越妙高駅ができた。しかし最速列車の「かがやき」は新潟県内の上越妙高駅と糸魚川駅には停まらない。これに新潟県は反発している。その気持ちは理解できる。

 北陸新幹線の京都~新大阪間のルート決定では、当初、南回りで奈良県をかするルートも検討された。しかし奈良県が拒否したため、奈良県境を越えない経路になっている。奈良県にとって、京都・大阪には在来線でアクセスできるし、奈良県駅が北端にあるなら、奈良県中心部から北陸方面に行くにしても乗り換えが必要。在来線で新幹線駅に行くか、京都駅に行くかという選択になる。財政負担が必要な北陸新幹線など押し売りに近い。

 この問題は新幹線だけではない。赤字ローカル線の存廃問題にも通じる。複数の自治体にまたがる路線では、幹線と接続する起点駅側の自治体と終点駅側の自治体で温度差がある。終点側の人々にとって、この路線は幹線に乗り継ぐための重要な交通手段だ。しかし、起点側の人々は終点駅に用がないから、この路線の存続に対する意欲は低い。

 線路の距離に応じて負担を決める。これは確かに分かりやすい。しかし、地域の実情を考慮するという作業をしなくて済むから「手抜きの決定方式」でもある。本来は、必要とする自治体が、必要としない自治体の分も負担した方が理にかなう。新路線の建設にあたっては、地域の経済効果を検討して費用便益比を算出する。その時に自治体ごとの費用便益比も算出し、適切に配分すべきであろう。

 佐賀テレビの7月19日付ニュースによると、国土交通省からフリーゲージの導入困難を伝えられた佐賀県副知事が「新幹線には関西方面からの入り込み、交流人口が増えることを期待している」という趣旨の回答をした。関西方面からの流入による交流を重視するなら、山陽新幹線に乗り入れる可能性の低いフリーゲージトレインは適切ではないだろう。佐賀県だってフル規格新幹線の利点は分かっている。つまり、問題は負担金に絞られている。

 自治体ごとの費用便益比を算出して長崎県と佐賀県にあらためて示し、負担金の割合を再設定したらいいと思う。その時に、実は佐賀県の費用便益比が大きいと分かれば、佐賀県の考えも変わるはずだ。長崎新幹線に関しては、佐賀県が費用便益比に疑念を持っている。これが問題の根源だ。距離に比例する自治体負担という枠組みは、この機会に変えてはどうか。そうでなければ、今後も同じ問題が繰り返される。時間の無駄だし、新技術導入の判断を見誤るおそれがある。

 そして、この問題は長崎新幹線と佐賀県だけではないことを理解しておきたい。

(杉山淳一)