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フューチャー会長 「35歳で起業、ゲイツより16年遅かった」

7/28(金) 12:02配信

ニュースソクラ

「わが経営」を語る 金丸恭文フューチャー会長兼社長グループCEOに聞く(1)

 IT(情報技術)コンサルティングなどを営むフューチャーの金丸恭文会長兼社長グループCEO(63)は、政府の規制改革推進会議や未来投資会議、働き方改革実現会議などで八面六臂の働きをしている。ITベンチャーの先駆けの1人で、経済同友会では異色の副代表幹事である。経験を踏まえて起業論を語る。

――起業家の増加を社会は待望しています。今、起業家の条件とは何ですか。

 まず日本人の思考の中に、起業という選択肢が一般に入っていないのが、一番大きな問題だと思いますよ。勉強できる人、絵が得意な人など、だいたいの人は何か得意なものを持っています。しかしそれをどういう形で社会に役立てて稼ぐのかについて、ほとんどの人はどこかの企業に入ってやろうと思っているんです。

 小学校のときに、国語、算数、理科、社会の成績で人を格付けする。本当なら、図画や美術なども含めて得意そうなものを見つけたら、中学校からは、最低限、身につけるべきもの以外に、得意な道に進むメニューを増やさなければいけないのです。

 しかしそうしないので、国語、算数、理科、社会の格付けの延長で学校を終えて、格付けの順に安定を求めて大企業に就職します。一番勉強のできた人がリスクを取らなくては、社会は発展しません。だから世界中でいろんなうねりが起きているのに、そのうねりの感覚や躍動感が、日本社会には足りないのではないですか。

――普通の親は子供に起業を勧めませんね。

 日本の開業率は先進国の中では圧倒的に低い。5%以下ですか、せいぜい5%前後を行ったり来たりでしょう。欧米は10%前後で、日本の約倍です。日本だけがなぜなのか。子供の時からすごく偏った人生のメニューしか見せないので、起業を志す人が生まれにくいのだと思います。

 日本では、資本金10億円以上の会社は大づかみに言って5000社くらいで、それがここ10年、売り上げの年平均成長率が1%程度です。次のゾーンの中堅クラスが20%を超える成長率ですが、いわゆるエリートたちは平均成長率1%の大企業に群がって就職を申し込みます。

 この人の流れを見れば、日本経済が伸びない理由がよくわかります。起業家が日本社会に貢献できるのは高い成長性ですから、起業する人たちは成長分野を目指さなければいけません。

 だけど起業家の大半は二番煎じで、誰かが何かを始めたら、同じビジネスモデルで自分も始める。本来はオリジナリティーがなければいけないと、私は思うんですけどね。

――金丸さんは学生時代から、自分で事業をやりたいと考えていたのでしょう。

 私の父親は鹿児島で土建業の経営者だったので、私がサラリーマンになれば、「それなら、継げよ」と言われるに決まっていました。だから自分の好きな道で事業を起こさなければと、潜在的にずっと思っていたんです。だから私は最初から会社づくりが人生のメニューに入っているタイプです。

 DNA的に見ても、私の先祖や親せきには、例えば高度成長期でも大企業を勤めあげて安定した平和な人生を送ったような人はいないんです。

 しかし、いつかは起業しようと思い続けるのは、先延ばしする言い訳にもなるじゃないですか。いつかはと言っていれば、心は安らいでも、なぜ今ではないのか、説明がつきません。

――起業を念頭に、金丸さんは大学卒業後、コンピューターによる財務会計サービスのTKCに入り、さらに事務用小型コンピューターのベンチャー企業、ロジック・システムズ・インターナショナルに転じましたね。

 仕事に就いて2、3年して世界のパソコン業界に行ってみたら、マイクロソフトのビル・ゲイツは19歳で起業をしているではないですか。19歳でということは、自分が大学の1年生か2年生くらいの時に当たります。それは私の選択肢に無かったので、衝撃を受けました。

 25、6歳からは、いつやるか、今年か、来年かと自問自答していました。しかしチャンスに恵まれて、興奮するような仕事をやっていましたのでね。それから逃れられなくて、そんな自分を言い訳にしながら、とうとう35歳まで引っ張っちゃったんです。

 35歳での起業ですから、19歳で起業する人からすれば16年も遅い。海外のIT業界の先輩たちからは、私は遅れてスタートして「かわいそうに」という目で見られていましたよ。

 一方、国内では、バブル経済の頂点の1989年11月でしたから、何をわざわざ脱サラして、(鹿児島で旗揚げしたので)負けて都落ちかという見方をされました。

 当時、高校の同窓会に出席したら、同級生は憐れむような目で私を見ていました。国内では、バブルの絶頂期に脱落して行くかわいそうな奴で、海外では「お前、ちょっと遅すぎないか」と危惧されました。私は「何を言っている。ベルリンの壁も崩壊し、今までの価値観は全部消えるんだ」と言っていましたけどね

――同情されたのですね。

 私は同情の中の起業だった。でも私の仕事ぶりを身近で見てくれていた人たちは、仲間や後輩も含めて、「待ってました」「いよいよ起業したね」という感じでした。お客様も「見ているから、頑張れ」という具合で、皆さんから温かい励ましの言葉をいただきました。これが僕の門出です。

――金丸さんは、当初から志を持ち、何をやるかも明快で、力を蓄えて始めたのですね。

 しかも自信がありました。当時、サラリーマンで、私ほどITで実績が豊かで、これほどいろんな仕事を経験した人間には、私自身もそんなに会っていません。ところが…。

(次号に続く)

■聞き手 森 一夫:「わが経営」を語る(経済ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1950年東京都生まれ。72年早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社入社、産業部、日経BP社日経ビジネス副編集長、編集委員兼論説委員、コロンビア大学東アジア研究所、日本経済経営研究所客員研究員、特別編集委員兼論説委員を歴任。著書に「日本の経営」(日経文庫)、「中村邦夫『幸之助神話』を壊した男」(日経ビジネス人文庫)など。

最終更新:7/28(金) 12:02
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